カテゴリー : trans-media

JMMでの10余年、そして新たなフェーズへ

村上龍さんが編集長を務めるメールマガジンJMM(Japan Mail Media)にかかわって早11年余りになりますが、今年いっぱいで、いったん編集部から離れることにしました。よい機会なのでここに記録として書き留めておきたいと思います。遡ること2000年の7月に念願の書籍編集部へ異動となった時に配属されたのが当時のJMM編集班でした。これは前年1999年3月にスタートしたメールマガジンJMMの書籍化を担当する編集部で、既に『JMM』Vol.1〜7を刊行していて、僕はシリーズ8からの参画となったわけですが、出版社に入社して5年目にして、憧れの書籍編集と憧れの村上龍さんと仕事をする機会を両方いっぺんに得た形になりました。

当時の単行本『JMM』は毎号1テーマで編まれていて、金融・財政・通貨といったテーマに即して金融/経済専門家による座談会、村上龍さんと専門家との対談、そして毎週のメールマガジンJMMからテーマに関連するコンテンツを入れるという3部構成になっていました。座談会や対談、それに装丁やタイトルの相談のたびに新宿の村上さんの定宿にお邪魔し、そのお仕事ぶりを間近から見ることができたのは貴重で刺激的な体験でしたし、座談会などを通して多くの寄稿家の方々ともお付き合いが生まれました。

僕にとってJMMは日々の勉強の場で、毎週月曜日版の「金融・経済の専門家に聞く」は、本当に「生きた経済」の勉強になりました。10年間、世の中のナマの動きを素材に毎週行われる村上さんと寄稿家の方々のQ&Aは、どんな教科書よりもリアルでした。毎週それを精読する役割だったお陰で、普段だったら頭に入らなくて読み飛ばしたりそのまま受信フォルダに眠ったままになりがちな難しいお題でも、隅々まで、いろいろな方々の視点を学ぶことが出来ました。経済学の学部生レベルぐらいの勉強は出来た気がします(笑

また、寄稿家の方々自身が今ではメディアで常連となっている方々が多く、
山崎元さん(楽天証券):著書多数、連載「ダイヤモンド・オンライン」「現代ビジネス」など http://blog.goo.ne.jp/yamazaki_hajime/
北野一さん(JPモルガン証券チーフストラテジスト):『なぜグローバリゼーションで豊かになれないのか
菊地正俊さん(メリルリンチ日本証券調査部チーフ株式ストラテジスト):『外国人投資家が日本株を買う条件 』(日経新書)
土居丈朗さん(慶應義塾大学経済学部教授):『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社)が第50回日経・経済図書文化賞、第29回サントリー学芸賞を同時受賞 http://web.econ.keio.ac.jp/staff/tdoi/
真壁昭夫さん:日経CNBC、連載「ダイヤモンド・オンライン」など
といったようにさまざまな著書やメディアでお見かけするようになり、嬉しい限りでもあります。僕自身は、三ツ谷誠さんと作った『僕らの経済民主主義』がキャリア初期の傑作(怪作?)として思い出深いです。

また、JMMでは月曜日版以外にも世界中から日本人寄稿家による寄稿を連載していました。これは「日本のメディアでは報じられない」世界の多角的な見方を提示するという、まさにJMMの基本方針を地でいく連載だったわけですが、「日本のメディアに接していても分からない情報や文脈に触れる」という意味でも、「日本のメディアの文脈にとらわれないモノの見方」を養うという意味でも、それは自分の今の翻訳書編集者としての資質を(あるいは国際結婚をしたプライベートな部分も?)作り上げたと言っても過言ではありません。

今でも寄稿家の方々とはよくお付き合いせさせていただいていて、「from 911/USAレポート」の冷泉彰彦さん(Newsweek日本版でも連載をされている)はニュージャージのご自宅までお邪魔させていただいたり、ファンの多かった「オランダ・ハーグより」の春具さんの家に泊まらせていただいたこともありました(お二人とも奥様の手料理が絶品でした)。ソウルのアン・ヨンヒさんには別の仕事でソウルに撮影に行った時にすっかりコーディネーション他でお世話になったり、「ロンドン〜スクエア・マイルから」を連載されていた丸國葉さんとはロンドンで妻ぐるみで食事に行ったり、「大陸の風 現地メディアに見る中国社会」の北京のふるまいよしこさん(こちらも今ではNewsweekでも連載されてます)や「レバノン:揺れるモザイク社会」の安武塔馬さんとは日本に来られた時にはお食事をする機会に恵まれました。「平らな国デンマーク/子育ての現場から」の高田ケラー有子さんは、Facebook友だちでもあります。

JMMシリーズの単行本化自体はVol.13(2001年5月)で終わったものの、その後もひきつづきJMMのコンテンツを発展させる形で単行本を作りました。思い出深いのは『おじいさんは山へ金儲けに』(2001年8月、今は文庫版が幻冬舎さんから出ています)や『収縮する世界、閉塞する日本─POST SEPTEMBER ELEVENTH』(2001年12月)、坂本龍一氏のオペラ『LIFE』のなかの詩をもとにはまのゆかさんが絵をつけた『ポストマン〜MONOLOGUE OF THE DEAD LETTERS POSTMAN』(2003年6月)、村上さんと安藤忠雄/利根川進/カルロス・ゴーン/猪口邦子/中田英寿各氏との対談集『人生における成功者の定義と条件』(2004年8月)などでしょうか。

また2003年からは、メールマガジンの配信自体をこの9年間、お手伝いすることになりました。JMMはもともと(有)向現(当時)の栄花均さんが発足以来運営していたのですが、それをバトンタッチする形で、寄稿家とやりとりしながらその原稿をメルマガのフォーマットに落としこみ、配信サイトから日々配信するという内容で、日々の編集者としての業務に加えて、ボランティアベースで個人として始めることになりました。当時は月・火・木・金・土と配信日があって、加えて突発的な特別号の配信もあり、ほぼ24/7状態でした。海外旅行先でもとにかく「配信」があり、南国スペインのビーチホテルで電話回線でネットに繋げて配信作業をしていて、当時の彼女に呆れられる、といったこともしばしばでした。

メールマガジンというメディアは古いようで新しく、新しいようで古いといえます。10年前に無料でこれだけのクオリティのコンテンツを流すのは画期的だったと思うし、今では同じようなメルマガが有料になって、普通にコアな読者に受け入れられている現実があります(ふるまいさんのメルマガはこちら)。JMMについては社内でスポンサードの提案を出したりもしたのですが、まだまだ当時、メルマガの価値について正しく判断できる機能が既存出版社にはありませんでした。NHKの番組でも『NHKスペシャル村上龍“失われた10年”を問う』といった番組などがあったのですが(すっかり「20年」になってしまったのもまたそれで感慨深いのですが)、その後、このJMMの資産を正当に受け継いだのはテレビ東京の『カンブリア宮殿』でしょう。

JMMは同じようなフォーマットで12年ほど続けているわけですが、そろそろ新しいフォーマットで、それこそフリーミアムを使いつつ、マネタイズする時期に来ているのだと思います。2003年以降、安定したサーバと配信環境、それにスポンサード先などを探して点々としていた時期もあったJMMですが、ここ5年は、もともと村上さんとキューババンドのプロデュースなどで一緒にやられていた(株)Griotさんが運営を引き受けたことで運営も磐石となり、また最近はそのGriotさんから電子書籍制作会社のG2010が生まれて、今後のJMMとのシナジー効果も期待されます。JMMの有料化やプレミアム会員構想、それに合わせたコンテンツの再編集などは幾度も議題に上がっては消えていったのですが、昨今の状況を見ていると月額数百円でメルマガを読む、という習慣も徐々に拡がっています。有り体に言って、たとえば村上龍さんならば、毎月の文芸誌連載以上のギャランティもまったく非現実的ではないでしょう。そういった意味で、ついに機が熟してきたのかもしれません。

そんな変革の時に自分が携われないことは残念ですが、今後のフェーズは「ボランティアのお手伝い」的にかかわることは難しいわけで、逆に言えば、そのような「非営利体制」がこれまでJMMの進化を阻害していたのではないかという反省もありつつ、今後はフルコミットメントできるグリオさんはじめみなさんに期待しながら新たなステップアップを応援していきたいと思います。十年一昔と言うぐらいにJMMと関わった時間は長く、こうしてその任を降りるとまるで定年を迎えたおじさんのような気分にもなるのですが、これまで得てきた経験、それに寄稿家の方々とのつながりは一生モノだと思っています。これからは一歩引いたところから、いままでどおりに熱い視線を送り続けたいと思います。

あと偶然ですが山崎元さんもブログでJMMについて最近書かれていました。あわせて御覧ください。
評論家・山崎元の「王様の耳はロバの耳!」:「JMM」の中間決算

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What Are You Doing?


 TIME誌の6月15日号でツイッターがカバーストーリーになっている。「How Twitter Will Change the Way We Live」いまやGoogleもFACEBOOKも抜いてこのマイクロブログがホットなのらしい。なにしろ2008年4月から2009年4月までの1年間の訪問者の伸びは、FACEBOOKの217%をはるかに凌ぐ1,298%だ(ユーザー数は600万人とか)。ついこの前も、「ホリエモンがツイッター」を始めたことがネットニュースに流れていたし、どうやら開始後3時間で数千人のフォロワーがついたらしい。なにしろダライ・ラマだってバラク・オバマ(ホワイトハウス)だってやっているのだ。
 そういえばPublishers Weeklyの5月18日号でもTwitterが特集されていた。「Micro-blogging site is quickly gaining publishing followers」出版社もツイッターに熱い視線を送っていて、本のプロモーションやイベントやレビューへのリンクなど、ダイレクトなコミュニケーションツールとして使い始めているようだ。すでにテレビ局や新聞社のツイッターはメジャーになっているけれども、果たして出版業界はこのツールを使いこなせるだろうか。

Free! Why $0.00 is the Future of Business

Kindle2 はポスト・グーテンベルグ革命か?


amazonのKindle2が発売され、アメリカの出版業界を席捲している。ここ数年、ブックフェアに行くたびに特にアメリカの出版物のデジタル化の進展には目を見張るものがあったが、あるエージェントから聞いた話しでは、すでに売上の相当部分が電子版に入れ替わっているとか(統計的には1%という話を聞いたことがある)。
実際、計量でスリムで無線で本をダウンロードできて1500冊以上の本を格納できてしかも一番大切な利用可能なタイトル数も285,000と申し分ない(おまけに例えばスティーブン・キングがキンドルだけで読める本を刊行していたりする)。これで値段が$359.00から下がってきたら本当に一気に読書文化というか読書という行為自体が変わっていくのかもしれない。
Newsweekの記事「Curling Up With A Good Screen」はこのキンドルの登場をひとつの文化革命と位置づけ。550年に及んだ「読書と印刷」の蜜月の時代は終わり、人類の文明化にとってもっとも重要な役割を果たした本はいまや雑誌や新聞と同じ運命にあるのだ、としている。そしてそれでも「本を通じた読書体験」を至高のものとする向きに対して、「たとえば電子書籍で小説を読む文明人が、木を切り倒して読書をする文明人よりも文学的でないなどとなぜ言える?」と挑発する。単純化しすぎだけれど、一般に向けては分かりやすい議論なのだろう。同じ3月30日付けのTIMEの記事「Kindle 2 Will Woo You」は、このKindle 2をフォードのモデルTになぞらえている。ついに大衆に普及する時がやってきたというわけだ。
日本で発売されて出版社が対応しはじめたら、一気に業界地図が変わるのかもしれない。その時にどんなパラダイムチェンジが起こるのかはいろいろと想像できるが、TIME誌の同記事が指摘していたのはamazonの価格支配が進むことだ。Kindle 2は高価だが、印刷された単行本に比べてKindle版のデータはかなり安い(例えば本だと20ドル以上のものでも9.99ドル)。ただすべてがそうではなくて高いものもあれば、単行本もディスカウントされてキンドル版とそれほど値段が変わらないものもある。amazonの価格決定自体が一貫性がなくて「謎」の部分がある。ひとたびamazonがリアル書店を蹴散らして独占状態を作り上げた上でキンドル版の価格をつり上げたら大変だ、というわけだ。独自のコンテンツ配布も模索しているamazonはかなり野心的な地図を描いているのだろう。SonyとGoogleがこれに打って出るらしいけれど、果たして。