余華(Yu Hua)インタビュー in Newsweek

英語でもやっと余華の『兄弟』(”Brothers”)が刊行されたのに合わせてか、余華のインタビュー「Talking About His Generation」が載っていた。本書は文化大革命の終わりから現代中国まで時代を疾走した兄弟の物語。破天荒で最後は億万長者になる弟と実直で働き者で底辺で生きる兄の波瀾万丈な人生を描いた傑作で、中国では「軽薄! ソープドラマ! ゴミ小説! 文学界の猛批判をヨソに爆発的なヒット」となり数百万部は売れたらしい。
特に開放経済下の描写は成金主義と汚職と企業倫理の崩壊を描いていて「やり過ぎ」批判も多かったらしい。たとえば億万長者として成功した主人公が金のトイレを買うシーンがあって、「いくらなんでもあり得ない」という批評があったらしいが、余華はインタビューの中で、「連載中にこのシーンを書いた直後にある友人が電話してきて『おい、あれはオレの家のことを書いたのか』って訊いてきたよ」と答えていて笑える。
でも興味深いのはこの記事のサブタイトル「Novelist Yu Hua captures China’s extremes—without being banned.」にもある点だ。余華は前作『活きる』(張芸謀〔チャン・イーモウ〕で映画化された)でも地主階級だった主人公が国民党から毛沢東へと時代の中で翻弄される姿を描いている。そこには鋭い社会批評や歴史への反省を促す要素が描かれていながら、共産主義政権下で発禁処分になったことがないのだ。そこが例えば国外に出て同じテーマを書いているハ・ジン(アメリカ国籍取得。英語で執筆。『待ち暮らし』で1999年全米図書賞)やガオ・シンジェン(高行健 フランス国籍取得。2000年に華人としては初のノーベル文学賞を受賞)など自発的故国喪失者とは決定的に違う。その違いは何かというと、ただひとつ。「天安門事件に決して触れない」からだ。インタビューで余華は天安門事件について「もう誰も本気で考えちゃいない。そもそも若い世代は教えられていないから知らないし、知識人たちも現状は良くなっているからもう気にしていない」と答えている。きっと自分の置かれた状況を踏まえての方便だろう。作品やインタビューの受け答えからは、余華自身がいい意味で嘘とはったりも交えながら人生を生きている感が出ていて、ますます作品が好きになった。

田中功起|オープンゼミ

 ゲスト講師となった田中功起さんを見に行く。管啓次郎さんマリオさん経由で知ったこのオープンゼミ。正式には明治大学理工学部新領域創造専攻ディジタルコンテンツ系管啓次郎研究室オープンゼミ@明治大学秋葉原サテライトキャンパス。田中功起の作品は直接見たことはなくて「なんとなく知っている」程度だったのだけれど、その経歴やインスタレーションそのものへの興味もあって参加してみることに。何しろ作家本人が目の前で2時間も作品解説をしてくれてしかも無料なのだ。大学とは(というより管さんが、だ)なんと素晴らしいところなのだろう。
 田中功起の作品は容易に言語化できるものではないけれど、その核となる部分は今回のゼミで驚くほど明解にされていたと思う。それはアーティストという以前の、「行為者」そのものを剥き出しにしていく作業であって、あるいは彼の説明でもあったけれども、「行為」が生まれるその瞬間、確かに行為がなされてしかしまだ意味づけされていないような、古い言い回しで言えば浮遊するシニフィアンのような、その瞬間を剥き出しにしていく作業に思える。特にゼミのタイトルにもなっていた「everything is everything」という作品。そこには日用品(ダイソーやキャンドゥーで手当たり次第に購入した)に対しいかに日常とズラした行為(投げる、置く、突く、倒す……)を加えられるか、という単純かつプリミティヴ、そして限りなく非日常の行為が延々と続く。「とにかく思いついたことを、その場でみんなでどんどん試したみた」というそのコメントは、田中功起の作品全体を貫く通奏低音であり、その行為が生まれる瞬間を見せられるからスリリングなのだ。だからといって、偶然性だとか、不条理だとか、そんな意味づけは一切当てはまらない。あるいは必要ない。逆にそのプレゼンの仕方自体はもの凄く計算されている。そこが行為者パフォーマー/アーティストをつなぐ、あるいはビデオアートとインスタレーションをつなぐ田中功起のスタイルなのだと思う。

 質疑応答で印象的だったのは、「何かメッセージは含まれていないのか」という質問への答え。要するに「ない」のだけれど(「行為」と「意味」の間に位置する、普段は意識しない「世界のレイヤー」を加える作業だから、という説明をしていた。管先生はそれは詩という行為に似ている、と言っていた)、逆に欧米に行くといつもその質問をされるという。つまり、海外には political art しかないのだと(この質問をしたのも欧米系の留学生だった)。どんなアートでも、メッセージがあって、それを表現する手段としてのアートという位置づけになっている(だからマリオさんがロンドンの街角でライブ・ドローイングのパフォーマンスをしているとすかさず「これはフリー・チベットか?」という質問が来るのだろう」)、というのはたしかに「近代的」であって、これまた古い言い回しだけれども、ポスト(or プレ)モダンに突き抜けている日本の文脈はすでにそこから完全に自由になっている、その日本の「先行性」のようなものを再認識させられた。
 ちなみに田中功起さんはとても「しゃべれる」人で、しっかりとアートを言語化していくので講義は作品もトークもとても楽しめた。彼自身にもその自覚があるのだろう。podcastでトークの発信もしている。こんどご自身のギャラリー青山|目黒でも展示があるらしいのでこっちも行ってみたい。

新春ぐるんぐるんラウンジ

 友人のmarioさんのマリオ曼荼羅ライブを観に恵比寿のNADiff a/p/a/r/tへ。家から近くなったというのに、表参道のNADiffが移転してから行くのは初めて。そしてキャスはマリオ曼荼羅は初めて。エイミー・ベンダーの面々や、3minの高橋さん、BLANKの堀場さん姉妹とも久しぶりにお会いする。会場は4階のMAGIC ROOM??。こちらも清澄白河から引っ越してきた。昔そこでマリオ曼荼羅ウィークが開催されてカレークッキング+ライブドローイングを見たのはもう1年半前のこと。今回も適度な親密さを感じる箱で、cloudchairのアンビエント・サウンドにのって濃密な時間が過ごせるはず。さっそくワインをボトルで注文して地面にべったりと腰を落ち着ける。
 そのギターの音は本当に心地よくて、プログレとアンビエントの中間らへんで浮遊感に身をまかせているとその内ピンク・フロイドの壁の中に取り込まれてしまいそうな力強さを感じたりと、かなりもっていかれる音だったのだが、その中でmarioさんのドローイングは何か啓示を表すかのように次々と増殖いった。自分がかつてギターをやってたからかもしれないけれど、cloudchairさんの陶酔感は羨ましいほどに感じられた。marioさんもこの音を聴いて相当に気持ちいいはずなのに、なおかつ意思をもった線が次々と引かれていくそのある意味強靱な創造性に畏怖の念すら覚える。marioさんの言う「祈り」というもののもつ孤独さと強靱さは関係があるのかもしれない。僕にとっては浮遊する音を掴まえて黒い紙に白いドットの集積として定着させていく、言葉を使わない呪術師のようにも感じられた。キャスと手を繋ぎながらすっかり没頭。あっという間の夢のような幸せな時空間だった。でもワインのボトルはすっかり空いていた。

忘年会シーズン

 やはりすっかりblogをサボっていたので備忘録的にいくつか。
□10日 JMM以来のTさん、Mさん、渡辺タカコさん、エイガさんと神楽坂+81Restaurantで。金融危機の話からドバイでのビジネスまで、忘年会らしいスケールの大きな話。
□11日 タトル・モリの年末パーティ。
□13日 シングルチームMの誕生日祝いで桜新町の古無門へ。ここは武蔵野の雑木林をそのまま残した1600坪の大庭園にたたずむログハウスで食べる鉄板焼き。幻想的なロケーションにやられる。
□15日 オランダから帰国されていたJMMの春さんとNさんと山の上ホテルの天麩羅「山の上」でランチ。文人の宿としてあまりにも有名なこのホテルだけれど、食事をするのは初めてだったかも。
□16日 学生時代の友人たちと西麻布の胡同で赤鍋を囲む。
□17日 三浦展さん主催の忘年会で神宮前のyaoへ。モダン建築として余りにも有名なヴィラ・ビアンカのお店というのが三浦さんらしい。
□18日 元角川のYさんに誘われてエイミー・ベンダーの会へ。担当編集者のYさん、翻訳をされた管啓次郎さん、『私自身の見えない徴』や『燃えるスカートの少女(文庫版)』の装画を描かれた山田緑さん、写真家の藤部さんに、エージェントのマリオさんという陣容。下北のトロカデロハウスで気持ちのいい時間を過ごす。
□20日 自宅でホームパーティ。シェフの熊崎さんにシゲサチ、セキワさん、駒沢さん、Jill。
□21日 鷺沼駅前の坐・和民で自由が丘時代のバイト仲間たちと。久しぶりの顔ばかり。結婚して自由が丘の実家から出てなぜかみなこの鷺沼近辺に移り住んでいる都落ち組(本人談)。これはバイト仲間に限らず、小学校以来の地元の友人でいまだに地元に住んでいる人は極端に少ない。僕の実家もあざみ野に引っ越したし。で、坐・和民の安さに驚く。彼らのうち二家族は同じアパートの上下階に暮らしているという。こうして地元から出ないで生活をしていたら、生活コストはまったく違うんだろうなぁと改めて実感する。
□22日 JMMでお世話になっているGriotさんのパーティで桜新町のラ・ピアンタへ。ライブ盛りだくさんで楽しむ。
□26日 オーストラリアから遊びにきたCの友人スティーヴとクレアを連れて西麻布のひでへ。Cとスティーヴは馬刺に初トライ。締めの豚しゃぶと雑炊が絶品。彼らはこれから白馬、京都を巡って正月を広島で迎え、年明けに東京に戻ってくる。
□28日 高校時代の友人宅で恒例の大忘年会。毎年欠かさず忘年会と花見をやってもう18年(人生の半分か)。今年も大勢集まり、今年一番の深酒で年を忘れる(というか久しぶりに記憶を飛ばす)。
□30日 地元の同僚と目黒会を(たけなわ)で。Cのお披露目。
□おまけ 今年の師走は、責了もなく、予定通りに原稿が入ってこなかったりで、近年になく「忘年会仕様」の一ヶ月。さすがに最後は息切れして、28日から風邪っぽく、薬と栄養剤を毎日飲んでごまかしながら過ごすも大晦日についに発熱。寝込んだまま新年を迎える。

あなたはなぜ値札にダマされるのか?


『あなたはなぜ値札にダマされるのか?
 〜不合理な意思決定にひそむスウェイの法則』

オリ・ブラフマン/ロム・ブラフマン著 高橋則明訳

 いま話題の行動経済学をわかりやすく読み解いた翻訳書。行動経済学とは、合理的な人間(ホモ・エコノミクス)を全体とした従来の経済学に対して、時として不合理な判断をする人間の心理を取り入れた経済学のことで、2002年にダニエル・カーネマンがこの分野でノーベル経済学賞を受賞したことで注目され、ここにきて一気に出版ラッシュの様相を呈している。2008年4月に『経済は感情で動く』が日本でも刊行されて一気に火がついた形だ。ダニエル・カーネマン自身の企画をはじめ、さまざまなタイトルが出版に向けて水面下で動いていたけれど、イタリア本翻訳が行動経済学本ラッシュの機先を制するとは思っていなかった。
 本書の原書『Sway: The Irresistible Pull of Irrational Behavior』は2008年6月にアメリカで刊行されてニューヨークタイムズのベストセラーになている。また2008年2月にアメリカで刊行されてベストセラーとなった行動経済学本の邦訳『予想どおりに不合理』が11月末に刊行されて、「予想どおりに」日本でも売れている(アドバンスの額が全然違うのだけれど。早川書房さんはここら辺の分野のタイトルをかなり取っていると見受けられる)。『経済は感情で動く』の第二弾も刊行されるみたいで、まさに今は百花繚乱状態だ。

 さて、本書の原書のタイトルである「SWAY」とは、揺れる、傾く、ぐらつく、といったニュアンスでなかなか日本語にするのが難しい。でも本書はこんな微妙な心理の揺れから、いくらプロフェッショナルな人間でも不合理な行動に陥りやすいのだということを、分かりやすく解説している。日本語版ではそれを「スウェイの法則」と捉え直し、行動経済学だけにとどまらず、最新の神経経済学や著者の専門領域である行動心理学からも知見を援用しつつ、8つの法則に落とし込んでいる。(↓こんな感じ)

■損失回避の法則
 損失の可能性をなんとしても避けようとする
■コミットメントの法則
 ある物事に時間や労力やお金をかけたあとでは、それがうまくいかないとわかっても、止めることができない
■価値基準の法則
 客観的なデータではなく、最初の印象にもとづいて人やものの価値を判断する
■評価バイアスの法則 その1
 ひとたびある物事に評価をくだすと、それに反する証拠が見えなくなる
■評価バイアスの法則 その2
 評価ラベルをつけられた人は、実際にラベルどおりの特徴を身につける
■プロセスの公平性の法則
 結果の損得よりも手続き上の公平性を重視する
■金銭的インセンティヴの法則
 報酬の可能性をちらつかされると、かえってモチベーションが下がる
■グループ力学の法則
 四人に三人は、まちがいだとわかっていながらも大多数の意見に従う

また、豊富なエピソードと実験でおもしろく読み進められるようになっている。(↓こんな感じ)

【思わず誰かに話したくなるエピソード】
模範的なKLM機長はなぜ管制塔を無視して大惨事を起こしたのか
電話料金で割高な固定料金制を誰もが選ぶのはなぜなのか
「クイズ$ミリオネア」の観客はなぜ間違った解答を教えるのか
イラク戦争が泥沼になる理由
ドラフトの指名順位が入団後の選手の運命を変える理由
躁鬱病が10年で40倍も増えた理由

【思わず誰かに試したくなる心理実験】
競売で20ドル札を204ドルで競り落とす心理
世界有数のヴァイオリニストが地下鉄構内で演奏しても誰も気がつかない理由
安物のIQドリンクで生徒の成績が落ちる理由
自分を年寄りだと思っている老人は本当に早く老ける理由
ただで20ドルをもらえるのに断固として断る理由
吊り橋の向こうに待つ女性に恋をする理由
1問正解につき3円の報酬付きテストで正解率が下がる理由

 興味がある方は、まずはこのページにあるプロモーションビデオをチェック!

エイミー・ベンダーの会


 元角川のYさんに誘われてエイミー・ベンダーの会へ。今年邦訳3作目となる『わがままなやつら』が刊行され、担当編集者のYさん、翻訳をされた管啓次郎さん、『私自身の見えない徴』や『燃えるスカートの少女(文庫版)』の装画を描かれた山田緑さん、写真家の藤部さんに、エージェントのマリオさんという陣容に混ぜていただいた。下北のトロカデロハウスで気持ちのいい時間を過ごす。管さんが楽しげにRICOHのデジカメ、GRで写真を撮られていたのが印象的。そういえば前日は三浦展さんが同じカメラを持っていた。

三浦展さん忘年会

 今年『マイクロトレンド』の監修でお世話になった三浦展さん主催の忘年会で神宮前のyaoへ。モダン建築として余りにも有名なヴィラ・ビアンカのお店というのが三浦さんらしい。出版関係だけでなく、多業種入り乱れての盛大な忘年会。今年一番のヒットは『下流大学が日本を滅ぼす!』(ベストセラーズ)だとか。