スティーブ・ジョブズのいない世界

同時代を生きてぼくの人生に少なからぬ影響を与えた歴史的人物として、スティーブ・ジョブズについて僕なりに記しておきたい。いちばん凡庸な書き出しで始めるとすれば、ぼくがアップル社の製品を初めて使ったのはMacintosh LC630を買った22歳の時だ。1994年、大学4年生で、初めて買ったパソコンだった。以来、ぼくはアップル製品しか使っていない。

当時のアップルは「明日にでも潰れる」と言われていた。小さい頃からコンピュータ・ギークだった兄から、「なんでよりによってMacなんて将来性のないもの買ったの?」と言われた。何よりも、スティーブ・ジョブズがアップルにいなかった(だからぼくは、スティーブ・ジョブズのいないアップルから始まって、いま再びジョブズのいない時代に戻るわけだ)。LC630を久しぶりに検索して見てみると、その筐体の凡庸さに、あのデザイン・コンシャスなアップルの製品なのかと目を疑いたくなるはずだ。

でも、そんなことは関係なかった。WYSIWYG(ウィジウィグ)に象徴される、「直感的で感覚的な操作」が可能だ、ということだけでぼくには決定的だった。兄貴のパソコンのような「敷居の高さ」がそこには一切なかった。「直感的で感覚的」──それこそがぼくにとってMacの真髄だったのだ。そのことはいまだにまったく変わっていない。

それは「人民のコンピュータ」という、スティーブ・ジョブズとウォズニアックという二人のスティーブがアップルを立ち上げた、その最初の原点から現在まで、ずっと続くDNAそのものだ。「人民のコンピュータ」とは、60年代から70年代にかけて、カウンターカルチャーを受け継ぐ形で唱えられた。ぼくたち一人ひとりがパーソナルコンピュータを持つことで「empowered」され、非対称的な力関係にあった「権力」から、その力を僕ら一人ひとりの手に(それをパブリックと呼んでもいいと思う)取り戻すことだった。その意志は、1984年のMac誕生、そしてIBM=ビッグブラザーを向こうに回した「あの」広告に集約されている。

「1968年の政治学」というテーマのゼミを選び、ヒッピーとカウンター・カルチャーと政治学を学んでいたぼくは、『Digital Love & Peace』というタイトルで(当時の『STUDIO VOICE』の特集名を拝借した)、カウンターカルチャーとMacの系譜学について卒論を書いた。『マッキントッシュ・ハイ』が刊行される前の話だ。そのことは、今SHIBUYA PUBLISHING BOOKSELLERSさんで行われているプロジェクト「SHARE THE BOOK」でも書いている。本当に、Macをもつことが「自由に近づく」ことだったのだ。技術的にも、精神的にも。僕の大学の思い出だ。

ぼくにとって、その後のアップルは(ジョブズが復帰した1997年以降も)、その理想の実現の過程という位置づけだった。それは、“Think Different.”キャンペーンを見れば分かる。僕は今も昔も、スティーブ・ジョブズという人物そのものに特別に傾倒してきたわけではなかった。面識もなければ、特別に彼のことを知っているわけでもない。だから彼をことさら神格化することもないし、経営的なアップルの成功にことさら価値を置くわけでもない。ただ、彼のイノベーターとしての存在を高くリスペクトするし、何よりアップルの揺籃したDNAにこそ惚れてきたのだと思う。「世界は変えられる」という理想に。

その理想はまさに今、2010年代において、ますます実現しつつある。だから、1976年に設立されたアップルは、35年を経てそのDNAの出現をいま見ているはずだ。そして同時に思うのは、その出現した理想の世界は必ずしもアップル的ではないということ。ソーシャルメディア革命によってオープンでパブリックな個々人の多様性の集積としての社会が出来上がりつつある現在、あるいは「アラブの春」のようにまさにテクノロジーとデモクラシーが結合して「世の中を変え」つつある現在、超秘密主義で父権的でカリスマ経営の権化であるアップルは、その対極にいる存在だ。

ジョブズが世の中を変えたのは間違いない。それについては、世界中の無数の人々が口を揃えて言っているはずだから敢えてここで述べる必要もない。言うなればジョブズは、「スティーブ・ジョブズのいない世界」でもぼくらが生きていけるようなレベルまで、ぼくらを連れて来てくれたのだ。つまり、世界を変えてくれた。そして彼が去った今、残されたぼくたちが目指すべきは、きっと「ジョブズがいない世界」を積極的に肯定することなのだと思う。カリスマのイノベーターが創り上げる、心地よい一方通行の美的世界ではなくて、凡庸でも開かれた「ぼくたちの」世界で生きていくこと。今のアップルや亡くなったジョブズというアイコンにとらわれないこと。そして、世界を変えていくこと。それがきっと、ジョブズが目指した世界のはずだ。だって、ジョブズの代わりなどいないのだし、そのDNAはずっと引き継がれるのだから。

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