金原瑞人さんの翻訳書300冊を祝う会


 翻訳家の金原瑞人さんが初めて翻訳をされたのは『さよならピンコー』で1986年のこと。以降共訳を含めついに訳書300冊を越えたのを記念してのお祝い会にお呼ばれする。赤木かん子さんの呼びかけで昨夏から全国を巡回してきた「金原瑞人翻訳全作品」展も東京に戻っていて銀座教文館のナルニアホールで展示されているので、そこで300冊の装幀が並んだ壮観な眺め(+幼少のころからの金原さんの写真もいくつか展示されていて面白い)を堪能してから会場のアイリッシュパブDuffy’sへ。相変わらず若々しい金原さんや、発起人の一人である江國香織さん、あとでスピーチをされた森絵都さんの姿も。児童書を手がける直木賞作家の揃い踏みだ。

 といっても金原さんの日記にも書いてあるとおり130人ほどの出席者は圧倒的に女性。やはり、児童書その他の編集部、および翻訳家には女性が多いということで、児童書とまったく無縁の僕には少し居場所がない感じ。隅のほうでタバコをすっている江國さんに、初対面ながら話かける。こういうときに肩身の狭い喫煙者の連帯感は役立つ。翻訳話からボローニャのブックフェアの話になったところで突然「『パブリッシャー』って読まれました?」と聞かれ、まさに僕が読了したばかりだったので、その話題で盛り上がる。11人のノーベル賞作家を手がけたイギリスの伝説的編集者、トム・マシュラーの自伝。「僕もそんな編集者に憧れるんです」と臆面もなく言ってしまったのは空腹にギネスを流し込み過ぎたから。
 金原さんにご挨拶して固い握手。その後金原さんの『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』を手がけた今はポプラ社のKさんをご紹介いただく。さらに入り口付近で今晩はスタッフとなっていた角川書店のYさんと2,3年ぶりの再会で盛り上がる。同社編集長のSさんをご紹介いただき、今月末のアメリカのブックフェアで、会場のLAをいかに楽しむかを教えていただく。有益な情報を多数ゲット。
 ところで今晩のパーティは「朱色」を身につけるようにというドレスコードだったのだけど、最後のスピーチで金原さんがその理由を(ただしYさんと話しているうちに会場の後ろに取り残され、全部聞こえなかったので抄訳……)。要するに「朱」と聞いた時に僕らがイメージする色ってホントにグラデーションのように様々なわけで、それが外国語を日本語に置き換えていく翻訳に通底する、ということだと理解した。面白いな、と素直に思う。帰り際、金原さんご自身の自筆コメント入りのポストカードやらをいただく。そのステキな心遣いはやっぱり永遠の「アニキ」なのでした。
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