恭喜發財 ‘kung hei fat choi’

春節、旧正月をどれだけの日本人が意識しているのかは興味深いところ。今日だって知ってました? 中国では春節だけど、つまりは元旦で、もちろん一年で一番大切な祝日。その習慣と里帰りの狂騒ぶりは、ふるまいさんのレポートで毎年読んでいたのだけど、半分中国の血ををひくCが去年、お祝いのごちそうを作ってくれて、僕は初めて身近に意識し出した次第。去年は2月18日だったけれど、今年は2月7日、ちなみに来年は1月29日。つまりは中国暦(日本では旧暦と呼んでいる)に基づいて毎年ころころ変わる(二十四節気のひとつ、雨水の直前の新月の日)。

今年もシングルチームを呼んでCがチャイニーズのフルコースを振る舞って祝う。で、日本人としては、馴染みがありそうでまったく分かっていないこの春節が大いに議論の的となる。案の定、日本が旧暦からグレゴリオ暦に変わったのは明治維新のあとらしい。ではそれまでは中国と同じだったのかというと、同じ太陰太陽暦ではあるものの、天保暦といって中国の当時の暦とは微妙な違いがあるらしい。

一方で自然暦である二十四節気では2月4日の立春が一年の始まりとされていて、その前日が節分である、という話が加わってさらに議論は混迷度を増す。二十四節気では立春の次が雨水で、旧暦では雨水を含む月を正月(1月)としていて、だから「迎春」なんだろうけれど、この二十四節気と月の満ち欠けが絡むから、年によって立春が春節よりも早い年と遅い年があるらしい。う〜ん、暦の問題は首をつっこむとホントに深い。最近は「旧暦」流行りで関連本が売れたりしているし、身近な人も多いんだろうな。近年とくに定着してきた「ハロウィン」なんかより、日本での潜在的マーケットは遙かに大きいのではないだろうか、というところで議論が落ち着く。なにしろ文化を共有するお隣さんの国の話ですから。

春節の当日は、働かず、家事もせず、まったりと過ごすのが本場流らしい。「恭喜發財 ‘kung hei fat choi’」の意味をCが説明してくれたけど、漢字を見ればなんとなくは理解できるのが日本人。「財」がしっかり入っているところに中国文化を感じるのは僕だけだろうか。今年1年の祈願を1か月ぶりにまたしてみる次第。

折しも仕事ではアメリカ経済ばりのリセッションに突入気味。去年2007年が公私ともに素晴らしくいい年だったので、自分自身、この展開は織り込み済みではあるのだけれど。僕はバイオリズム信奉者で、それは運気とか星の満ち欠けとか占いはまったく関係なくて、ただ「良い時の次は悪い時、悪い時の次は良い時がくる」という単純かつ経験に裏打ちされた人生の指針を持っている。まえに編集した本に印象的な文章があって、古代イスラエルのソロモン王がつけていた指輪には「それもまた過ぎゆく」という文章が刻まれていたらしい。栄華の頂点にあるときは転落がやってくるし、辛苦の極みにあるときにもそれはいずれ終わる、というもの。どんな時も、その指輪に刻まれた文字をふと眺めれば、人生を少しだけ気楽に生きられるかもしれない。僕もその指輪が欲しいな。

ただ、なぜ「良いとき」が終わってしまうのか、というのは自分なりに考えがあって、単に運の善し悪しとか確率の問題というわけではなく、結局「良い時」というのは、自分がそれに浸かって安住したり、傲慢になったり、努力を怠ったりするからだと思う。逆にいうと、もがいて上を目指そうというモチベーションを失ってしまうのだ。良いときが終わったと気がつくと、最初はただただ失った楽園を思って打ちひしがれる。でもその後でもう一回はい上がろうともがき始め、努力を始めて、しばらくは低空飛行だけれども、いずれその結果が現れてまた上り調子になる。特に編集者なんて、そんなものではないだろうか。本場中国の過ごし方とは正反対のハードな一日となった今年の春節だけれども、自分を顧みて今年のことを考えるよい機会となった。

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