アレクサンドル2世、あるいはカラマーゾフの兄弟

 7月の人事異動絡みで突如「担当」が降ってきたロシアの歴史小説ものがついに発売に。ロシア文学など縁遠く、ロシア語のややこしい人名や地名を見る度に頭がクラクラしてくる自分が、まぁよく、なんとか完成まで漕ぎ着けたものだ、と思う。でも、出来上がった本書は、アレクサンドル2世の伝記を主軸にして、ロシア音痴の僕にさえ、とっても面白い歴史小説になっていた。
 僕は実質上、ゼロから帝政ロシア史を勉強したわけだけれども、アレクサンドル2世の治世はまた、ロシアの絢爛たる大文学の最盛期でもあった。ドストエフスキー、トルストイ、プーシキンといったビッグネームが名を連ね、特にドストエフスキーは『悪霊』そして『カラマーゾフの兄弟』と、この皇帝権力とテロの時代に深く関わり合いながらその作品世界を作り上げていったことがよく分かる。9月頭に責了作業を終えると、僕は待ちに待った『カラマーゾフの兄弟』を読み始めた。
 古典新訳の『カラマーゾフ〜』は5巻累計20万部を超えるベストセラーだとか。何がこれほどまで本書をヒットさせたのだろうか。村上春樹が好きだと言っているから?(作家はいつも、その時自分を同列に見立てたい作家をリスペクトするものなんだろうな)などと思いながらも、年齢的に明らかに遅い「カラマーゾフ体験」に身をゆだねる。根っからの無神論者の僕には、昔二十歳のころにパリのアパルトマンでジッドを読んでいたことをなぜか思い出す。自分なら三兄弟の誰に没入するか、という問いがあるらしく、無神論の文脈から言えば僕はイワンなのだろうけれど(「大審問官」の話は本当に圧巻だった)、なぜかミーチャが一番「わかる」ように僕には思えた。
 その後で続けて同じ亀山郁夫さんの光文社新書『「カラマーゾフの兄弟」続編を空想する』を読了。今残されている『カラマーゾフ〜』は全体の小説構想の<前編>でしかなくて、ドストエフスキーの死によって書かれることがなかったその後編を空想しようというもの。今回責了した歴史小説でも、ドストエフスキーの証言をもとにそのことに言及されているが(つまり、幻の後編は「皇帝暗殺」の物語に他ならない!)、亀山さんの本も、「父殺し」という亀山さんのフレームから、そのことが詳しく書かれていて面白い。今回の3冊をまとめて読むことで、本当に豊潤な読書のひとときを楽しめた。ちょっとしたアクシデントが、時として人生経験にささやかな豊かさを与えてくれる。
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