『国のない男』


国のない男カート・ヴォネガット著/金原瑞人訳

 2005年にSeven Storiesから刊行されたエッセイ集『A MAN WITHOUT A COUNTRY』の邦訳版。2005年のフランクフルト・ブックフェアの後に版権を取って、やっと刊行まで漕ぎ着けた、思い入れのある一冊だ。そもそも、自分がヴォネガットを手がけることができるだなんて、編集者になってからも「これっぽっちも」思ってはいなかったのだから……。
 ヴォネガットと言えば早川、それはもう、ある意味で宇宙の法則にも似たようなものであって、だから今回他社から刊行されることに、多くの人が驚いているのではないだろうか。僕だってその一人だ。なんで早川は版権を取らなかったのだろう?(もしかしたらビッドしていたのかもしれないけれど……)。思うに、ヴォネガットは97年に『タイムクエイク』で小説の断筆宣言をした後、Seven Storiesからエッセイを2冊出していて(Seven Storiesの社長とヴォネガットが仲が良かったのだという)、それはいずれも日本では未訳になっている。早川はやらなかったわけで、本書もその流れでスルーしたのかもしれない。まさかヴォネガットが亡くなるとは思わずに。まさか本書が遺作になるとは思わずに……。
 だから、早川書房+浅倉久志(あるいは伊藤典夫)ではない本にしたかった。早川から出ないのなら、みんなの期待をいい意味で裏切る一冊にしたかった。ヴォネガット+金原瑞人+NHK出版(!)、それに装幀はヴォネガットの顔写真。それが奏功したかどうかは読者とマーケットの審判にゆだねるとして、その志は達成できたと胸を張って言える。
 今年の1月にヴォネガット自身が雑誌のインタビューで「これが最後の一冊」と述べていたのは後から知ったことだった。原書を読めば、ヴォネガットにとってこれが「最後のメッセージ」であることは否応なく伝わってきたからだ。そして4月に頭の怪我が原因で亡くなったことも、本書の刊行とは関係のないことだった。もともとこの5月の訳了予定であることは、去年の段階で金原さんと決めていたことだった。それでも、ヴォネガットが亡くなったと知った時、本当にこの本を「最後の一冊」として出すことの重みと責任がずっしりと両肩にのしかかってきたことは白状しなければならない。有り体に言って、これだけの巨匠の最後の一冊を僕が編集者として担当する資格なんてどこにも見あたらないし、「遺作」として売り出すことの「後ろめたさ」のようなナイーヴな感覚もあったからだ。
 それでも、「一刻も早く、日本のヴォネガット読者にこの本を届けなければいけない」という使命感がそれに勝った。それにヴォネガット自身が文中で述べ、金原さんも訳了後に語ってくれたように、若い読者、ヴォネガットを知らない読者にこそ、本書はぜひ読んで欲しかった。従来のヴォネガット路線を全て崩したのはそのためなのだ。ヴォネガットの奥さんで写真家のジル・クレメンツさんが撮ったヴォネガットのポートレート写真。透徹しているようでやさしげでもあるその老賢人の目が語りかけるメッセージは、編集作業中ずっと僕の背中を押してくれた。
 金原さんの訳はまさにヴォネガットが乗りうつったかのようで、本当に楽しくお仕事をさせていただいた。爆笑問題の太田光さんは、推薦文を二つ返事でお引き受けいただけ、締切を過ぎた後も「もう少し推敲させてください」と粘りに粘った挙げ句、夜中の2時過ぎにご本人から送られてきたメールには素晴らしい言葉が並んでいた。僕は静かに感動せずにはいられなかった。本が完成に近づくにつれ、多くの人が「ヴォネガット、出るんだって?」と声をかけてくれて、「ヴォネガット・ファン」であったことをカミングアウトした。見本をお送りした作家の川上未映子さんからは、直接お電話をいただいた。みんなヴォネガットが好きだったのだ。みんなヴォネガットを通過してきたのだ。

この本の全ての言葉を自分の頭にインプットしたいと思った。
思わず吹き出したり、胸がつまったり、しばらく考えたり。
二十歳の頃の若者のような、もう二度と出来ないと思っていた
“震えるような読書”が再び出来て本当に幸せだった。
私を嘘つきだと思っている人も、これだけは信じてほしい。

                   爆笑問題 太田 光
                    (本書帯より)

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