『ダーウィンの悪夢』

 アフリカのヴィクトリア湖(九州の二倍の大きさ!)でいまから50年ほど前、とある男がバケツ一杯ほどのナイル・パーチという巨大肉食魚をこの湖に放流した。ナイル・パーチはとにかく魚を喰いまくった。大きなもので2メートルにもなる巨大魚だ。気がつくと、かつて「ダーウィンの箱庭」と呼ばれ、豊かな生態系を誇っていたヴィクトリア湖の生態系は破壊され尽くしていた……。これだけなら、それは例えば琵琶湖のブラックバスのような、生態系の問題でしかないように思える。
 しかし、そのナイル・パーチは美味しかった。白身で適度に脂がのり、先進諸国、特にEUと日本では多くの食卓にのる魚となった。日本では「白スズキ」という名前で売られ、今でも外食産業や冷凍食品に多く使われて私たちの口に入っている。ヴィクトリア湖は、日本人にとって、とっても遠くの食料庫なのだ。
 ナイル・パーチは、とにかく売れた。それまでのビクトリア湖畔の村々の経済を一変させ、工場が造られ、雇用が生まれ、一大輸出産業となった。毎日何便ものカーゴ便が、三枚に卸されたナイル・パーチを満載して飛び去っていく。ザッツ・グローバリゼーション。でも、悪夢は始まっていた。
 ナイル・パーチの加工産業によって、地域にグローバル経済が押し寄せる。多くの人が職を求めて集まってくる。雇用される僅かな人と、多くの失業者。地域経済は破壊され、貧富の差が劇的に拡大した。
 街に集まる漁師や輸送カーゴの外国人パイロットやビジネスマン目当てに、娼婦が街にあふれ出す。そして広がるAIDS。毎月、多くの死者が生まれた。
 貧困やAIDSによって街にストリートチルドレンがあふれ出す。彼らは生きるのに必死だ。僅かな食事やお金のための暴力が絶えない。ドラッグが蔓延する。
 しかし、ナイル・パーチは彼ら貧しい人々の口には入らない。高すぎるのだ。食べられるのは、三枚に卸し残余。ウジが湧くあら捨て場から拾ってきた頭を揚げて食べるのだ。
 これは、典型的な南北問題だ。豊富な食糧がその生産地では食べられず、先進諸国がグローバリゼーションの名の下に「自らの経済ルール」に引き込んだ上で富を買い占める。満載のナイル・パーチを輸出するその同じタンザニアの中部では飢饉が起こり、WFPが駆けつける。でも、これはただの南北問題ではない。
 白身魚を満載にして戻っていくヨーロッパからのカーゴ便。では、その飛行機はアフリカに来るときには何を積んでいるのか? パイロット達の口は重い。だけど、それは弾薬だったり戦車だったする。つまり武器の輸出だ。いや、戦争の輸出と言ってもいい。その引き替えに、脂ののった白身魚が運ばれる。ザッツ・グローバリゼーション。
 昨日、試写会を見に行った『ダーウィンの悪夢』は、この負のグローバリゼーションを現地から淡々と描き出すドキュメンタリーの問題作だ。グローバリゼーションが貧富の格差を固定し、戦争を生み出し、それに日本も(つまり我々も)荷担しているのだ、という紋切り型でナイーブな議論をするつもりはないけれど、それでも、事実の一面を直視することは大切だし、僕らの意識からあまりにも遠いこの狂気のサイクルには、正直知った後でも立ちすくむばかりだ。
『カンダハール』以来、案内を送って下さるムヴィオラの武井さんと、試写会後、書籍化の可能性について少しお話する。以前、やはりこうした開発問題に興味があって開発教育協会のセミナーに行ったことがあり、その時にも、偶然ゼミの後輩が協会にいたこともあって、このテーマで本にできないかと真剣に考えていた。ただ出版すればいいのではない。このテーマで売れる本を作ってこそ編集者だと思うのだ……。
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