GO WEST!! : 6th day

 7時に目が覚めたけれど、起きられない。眠いし、体が疲れているようだ。1時間ほどまどろんで8時に起床。外は朝から雷雨で、そのうち止むだろうと、部屋で昨日の晩に買ったスナックとコーヒーで朝食を済ませ、地図で今日のルートを確認。とにかく今日は、行けるところまで西に進もうと決める。
 9時ごろ雨が上がったので出発。すぐに15号に乗って2時間ほどでラスベガスを通過する。一度は見ておきたいと思っていたが、その街の大きさにびっくりする。「砂漠の中の人口都市」というイメージがあったのだが、その実、立派な大都市で、荒野やスモールタウンばかり巡っていた僕は完全なお上りさん気分に。メインストリートを走ってみようかと適当に15号を降りたものの、どうもまだ中心には遠かったらしく、道に迷って断念。結局15号に乗り直してそこから町を眺めながら走る。ベラジオをはじめ有名なホテルが林立する中心街は、まるで作り物のようでもあるし、成金趣味の権化のようでもある。ちらりと目につくピラミッドやエッフェル塔。やれやれ、ここに来れば、世界中の名所が見られるわけだ。なんかここもディズニーランドのようだった。
 そのまま15号をひたすら西へと向かう。ベイカーを通過する時にすでに12時過ぎだったので、ランチをここで取ろうかとも思ったのだけれど、90マイル(140キロほど)で順調に飛ばしているのを止めたくなかったのでそのままBarstowまで行くことにする。旅の3日目に、AVISでパンクした車を替え、ルート66の始点となった町だ。一度寄った町にまた行く、というだけで、なぜかとても懐かしく嬉しい気分になる。途中、事故でインターステートがピタリと渋滞してしまったり、数分ごとに豪雨から快晴までころころと変わる山野の天候に手間取り、Barstowに着いたのはもう14時を回っていた。前回と同じピザ屋で昼食をとる。ルート66の旅が甦ってくる。
 そこからは58号に乗り換えてさらに西へ。一路ベイカーズフィールドを目指す。『路上』のなかで、ケルアックがテリーと出会った場所で、その街が、西海岸沿いへの起点になりそうだからだ。Mojaveを越えて一つ丘陵の峰を越えると、そこには驚くべき景色が待っていた。青々とした田畑が平地の一面に広がっているのだ。この何日も散々に走ってきた車窓の風景とはあまりにもかけ離れた景色にびっくりしてしまう。そのぐらい、荒野の印象が頭を占めていたのだ。ついに西海岸に近づいたのだ、という思いを強くする。約束の地。豊饒の大地。かつて彼らが目指したフロンティアの最果てに再び近づこうとしてるのだ。
 ガスを入れるためにベイカーズフィールドで降りたのがすでに17時過ぎ。今日は行けるところまで、と思っていて、ベイカーズフィールドも起点となるので宿泊地に適しているかと思っていたのだが、とにかく街が「大きい」というか車が多すぎて、とてもここにいられない気分になる。今日はそもそもインターステートをずっと走っているのだけど、車が多すぎて今までの車旅とは明らかに勝手も気分も違う。一言でいうと、走っていて楽しくないのだ。3車線とかある高速道をひたすら時速80マイルとか90マイルで走るだけで、車旅の旅情というものは感じづらい。大都市もしかり。ラスベガスでも、そしてこのベイカーズフィールドも、大きすぎて何か「その街に着いた」という感じが持てないのだ。街の全体を把握できない、ということなのだが、1分で通り過ぎることができるようなスモールタウンの良さは、逆にそういうところにあるのだと再認識する。これでは最後にサンフランシスコに着いた時のことが思いやられる。
 とにかくベイカーズフィールドは早々に離れ、99号に乗り換えて北へ。すぐに国道46号に乗り換えてまたひたすら西へ向かう。この国道レベルが一番田舎くさくて良い道だ。道の両脇にはブドウやトウモロコシやナッツの畑が広がっている。このままずっと平地が続くと思うと、また丘陵地帯がやってくる。いったい西を目指した人々は何度この丘陵地帯とそれを越えた時にまた遙か先に見える丘陵に絶望させられたことだろうか。僕もこの旅の最初のころは、一つ山を越えるたびに、その先には目的地が見えるかもしれない、別の風景が現れるかもしれない、と思ったものだった。そのうち、山を越えてもまた先には山が見える、ということを繰り返して、そうした幻想をもう持たないようになっていた。
 46号はご機嫌な道だった。実際、この旅行中は圧倒的な自然の風景と孤独な運転のなかで、音楽にはずいぶん助けられた。モニュメントバレーでちょうどUnderworldのRezがかかったときには鳥肌が立った。今日はインターステートを走ってる間は、ずっとカート・ヴォネガットの『A Man Without a Country』のオーディオブックを聞いていたのだが、46号に入ってからラジオに切り替えた。モニュメントバレーから西へと進路をとってから、僕はこの旅のことや、それから自分の生活やこれからのことについて、時折考えるようになっていた。ちょうどそんな時に、ラジオから突然ヴァン・ヘイレンが流れた。それはあまりにも懐かしく、高校時代にバンドでやったことをありありと思い出した。僕はそこからずいぶん遠くに来てしまっていた。それから続けてホーン・クロスビーのJust way it isが流れた。そのピアノのフレーズが始まった途端、肌がざわざわと色めき立って、僕は感極まって嗚咽した。何かその日考えていたいろいろなことが、一気に気持ちの中に吹き出してきて、西海岸の太陽と、延々と畑が続くこの景色の中に解けていくようだった。
 1時間ほどで、101号と交差する街、Paso Roblesに着く。時計は18時半を指していた。ここら辺で今日の宿を見つけてもいいかもしれない。待望の太平洋を眺めるのは、明日だろうか。僕は西の果ての海にいつ着くべきかを迷っていた。しかし、幸か不幸か、Paso Roblesのモーテルはどこも100ドル以上した。ただの何もない中継地点で昨日の3倍近い料金を払うのは、何かばからしい気がして、やはり今日のうちに海を目指すべきだと思い直した。19時過ぎ。すでに陽は傾きかけていて、このまま海まで飛ばしても、日没までに間に合うかどうかは分からなかった。おまけに一度46号を見失って余計に時間をロスする。そこからは、落ちていく夕日との追いかけっこだった。幸い、西へと向かう46号はほとんど車がなく、僕は70マイル以上の速度で最後になるであろう丘陵を飛ばし続けた。そして……。いくつも連なる丘陵の一つを越えた時、遙か先の丘陵の合間からついに海が見えた! 「海だー!」僕はひとりで歓喜の声を上げた。また全身が粟立ち始めた。わずか6日前にサンフランシスコから旅立っただけで、これだけ海にたどり着くのが嬉しいのだから、もし東から西へとアメリカ大陸を横断した末にこの海を見たら、狂喜で卒倒してしまうだろうな、と思う。
 海岸に沿って走るルート1号を北に折れ、目指すはCambriaという小さな保養地だった。単純に、46号から一番近い街で、それに、落ち着いた小さな別荘地で静かなビーチがあるとどこかで読んだからだ。1号をすぐに西に降り、Cambriaの街へ降りていく。時刻は20時近くになり、夕陽はさらに低く赤くなっている。海へ、海へと道も分からずひたすら車を走らせる。瀟洒な別荘街の中に、海へと続く階段を見つけ、急いで車を停めて降りていく。その眼前には、真っ赤に膨らんだ太陽と、夕陽に照らされて美しい色彩のグラデーションを描く太平洋が広がっていた。
 けっきょく、今日のうちに海まで行く、という決断は大正解だった。その夕陽は、やっぱり期待した通りに最高の景色として心にずっと刻み込まれる類のものだった。太陽が太平洋にすべて姿を隠すのを見届けて、今日の宿探しへと向かう。Cambriaのメインストリートを探せなかったのだが、暗くなった道を心細く走っているとひとつのホテルが見つかった。飛び込むと、ジャスト99ドル。やはりあんなPaso Roblesのモーテルに泊まらなくてよかった。そこは立派なリゾートロッジで、部屋は10畳のリビングと寝室がひとつづつにキッチンまで着いているスウィートだった。レストランはテーブルにレースがかかり、となりのラウンジではバンドの生演奏まであって、多くのアメリカ人夫婦が大声でしゃべりながら寛いでいた。この旅で間違いなく最高級のホテルで、少し場違いな気もしたが、とにかくその日はそのゴージャスな部屋に泊まることにする。すでにレストランは終わっていて夕食は食べられず、ラウンジでビールを飲んで一人西海岸に達したことに乾杯する。
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