Route 66 > Williams > Grand Canyon : 4th day

 目が覚めたら9時になろうとしてる。寝坊だ。4時半に一度目が覚めたときに、さすがにまだ早すぎると思って二度寝をしたのがいけなかった。日本の夢を見ていた。泊まっていた Quality INNは朝食もついて50ドルほどと、やっとモーテル暮らしのコストパフォーマンスが出てきた。ついでに部屋で洗濯をする。車の中に干すのだ。いったんキングマンの街中に戻り、Power Houseという電気会社跡地にあるルート66博物館に立ち寄る。当たり前のことなのだが、西進するルート66の歴史は、征服されるネイティヴ・アメリカンの歴史でもある。昨日のモハベにも彼らの居住区があった。
 キングマンから東へはルート66がずっと続く。その先にはルート66の聖地ともいえるセリグマンという小さな町がある。ひとまずはそこを目指そうと車を走らせ始めた時、事件が起こった。いや、正確には今日は悪い事件ではない。男が一人、ヒッチハイクをしているのだ。気づいて逡巡した時には時速80マイルぐらいで通り過ぎてしまったのだが、おとといのヨセミテでヒッチハイクをした時のことを思い返し、危険かもしれないという可能性も考慮しながら、その道をUターンして引き返す。彼のところで停まると、本当に嬉しそうに近づいてくる。その気持ち、分かるなあ。
 彼の名前はトーマス。歳は45だというが、30代後半にも見える。金髪色白にキャップをかぶり、大きなナップザックを抱えた本格的な「放浪者」だ。本人はホームレスだと言うが、恐らく日本語のニュアンスとは少し違うのだろう。服は綺麗だし(ヒッチハイクをするために身なりには気をつけるらしい)、アメリカ国内をぐるぐる回っているというから、放浪者かトラベラーといったところか。ケルアックの『路上』の世界そのままだ。家はワシントン州にあるという。ニードルズ近くのTopokの友人のところに泊まっていたのだが、どうにもワシントン出身の彼には暑すぎてたまらず、ひとまず同じネバダ州の東の高地にあるFlagstaffを目指しているという。フラッグスタッフもルート66沿いの街なので僕もいずれ行くことになるかもしれないが、とりあえず、僕はルート66を走って(近くにもっと速いインターステート40号が走っているのだが)、セリグマンに寄りたいので、ひとまずそこまで、ということで二人旅が始まる。僕も話し相手が欲しかったし、英語の練習にもなるので旅の仲間が増えて嬉しい。「僕もじつはヨセミテで鍵を閉じこめて困ってヒッチハイクをしたんだ。だからその気持ちが分かるし、僕も誰かにしてあげなきゃと思って」と言うと、「それはいいことだ。誰かから親切にされる、そして誰かに親切をする。それで世界は回っている」というようなことをトーマスは言っていた。その通り。「ガイドブックには、危ないからヒッチハイカーは乗せないようにって書いてあるんだけどね」と冗談ぽく言ったら、「世の中のだいたいの人はいい人だよ」という。トーマスは、確かにぼくらの歳の差45-33を計算するのに両手の指を使って数えていたけど、根はいい奴そうだった。「そうやって旅を続けるあなたが羨ましい」と言ったら、「僕は自由だ。でも大変だけどね」と言っていた。確かに、荒野で野宿するときには野良犬や毒蛇に注意しなければならない、という説明を聞くとなかなかヘビーな生活を送っているのだろう。
 途中、Hualapai先住民居住区などを通りながら順調に飛ばしていく。セリグマンに着いたときにはちょうどお昼頃で、ひとまずトーマスを降ろして自分も町をブラブラする。ここではエンジェル・ディルガディーロの床屋を訪れなければいけない。ルート66復興の中心人物の床屋で、今は土産物屋兼、ルート66の中心的巡礼所のひとつとなっている。中に入るとき、入り口を埋めた名刺の中に大学のゼミの同級生のものを見つける。世界は狭い。といっても彼女は高級旅行会社の添乗員(北アメリカ地区担当)なのだが。そして、その後店員にここを訪れた日本の芸能人の写真をさんざん見せられてげんなりする。わざわざそんなことしなくてもいいのに、と思う。ルート66の道中は本当に素晴らしい景色と興奮があるけれども、それで町興しをしたところは、どこも少し観光地ずれしてしまっているようで残念だった。といっても、そこでTシャツを3枚購入。カリフォルニア州で道路に刻印されていた「Historic Route 66」のプレートも購入。まぁ、そういうことなのだ。。
 トーマスはうまく車を見つけられただろうかと思い自分の車まで引き返すとそこにはトーマスがいた。「交通量が少なくて、次の車を見つけられない」という。「じゃぁ、次のウィリアムスまで一緒に行こう。その前に、ランチにハンバーガーを食べないか」と誘って、チーズバーガーを二つ買う。昨日から何も食べていないようで喜ばれる。そのままルート66を東に向かえば次の町がウィリアムズで、ここはグランドキャニオンの玄関口となっている。午後の早くにはそこに着きそうだったので、今日のうちに僕はグランドキャニオンに向かうことにした。折から厚い雨雲がはるか先の地平線にそって北東一面を覆っている。これから進む方角だ。僕はグランドキャニオンが雨なことを、トーマスはウィリアムズが雨なことを心配する。そう言われると、確かに雨の中を彼を落としていくのは気が引ける。そう言うと、教会を知っているのでそこに行くから大丈夫だと言う。彼は食事や宿を、各地の教会や救世軍に頼っているという。それを聞いて、この前読んだ大崎善生の『ドナウよ、静かに流れろ』を思い出す。旅のために洗礼を受けるトラベラーたち。
 ウィリアムスは土砂降りで、それでもトーマスは握手をして降りていく。グランドキャニオンは素晴らしいところだからきっと君も気に入るよ、と言って。旅の出会いはそんなものなのだ。グッドラック、トーマス。そのまま64号に乗り換えてひたすら北に進むこと1時間、着く頃には、なんとか雨雲を抜ける。時計は3時を回っている。グランドキャニオン国立公園の入り口近くにはショッピングセンターとモーテルがあり、そこでしばし今日の予定を考え直す。もしここのモーテルがとれれば、グランドキャニオンで日没まで過ごし、ここで一泊するのもいいかもしれない。あとはウィリアムスまで1時間かけて戻るという手もある。でもそれでは、明日行きたいモニュメントバレーとは逆方向になってしまう。ひとまずそこにあった昨日と同じQuality INNに空き部屋を尋ねると、一泊150ドル+税だという。昨日の3倍だ。やれやれ、観光地はこれだけらトラベラーの敵だ。「僕には高すぎる」と言って諦める。もちろん、払おうと思えば払える。でも、今回の旅行は2万円近くするようなところに泊まるような旅ではないはずだ。戻るなら南のウィリアムス、進むなら東のPainted Desertの中にあるCameronかTuba City。ウィリアムスにはモーテルがたくさんあることは分かっている。砂漠の中の町は、モーテルがなかったり、あっても満室だったときに、もう引き返せないだろう。ためしに電話で予約を、と思ったら、電波が届かない。ここはグランドキャニオンなのだ。世界の果ての果て、あるいは世界の中心。
 25ドルを払って公園に入る。程なくビューポイントに近づく。ヤヴァパイ・ポイントから眺めると、そこには確かにグランドキャニオンが広がっていた。荘厳な自然。人知を越えた巨大な造形。でも、正直に言うと、僕は期待していたほどの感動が湧いてこなかった。何というか、「こんな景色もあるよね、ここなら」という気分なのだ。これまで走ってきた様々な場所や、昨日の夕方通ったMojave valleyの景色のほうが、もっと心から沸き上がるような感動があったのだ。実際、Mojave valleyを通った時には、もうこれを見てしまったら、グランドキャニオンには行かなくていいんじゃないか、と思ったぐらいだ。でも、夜モーテルで地図を広げて見てみたら、グランドキャニオンはMojave valleyの何倍も大きいようだったので、やはり行ってみることにしたのだった。確かに見られてよかった。イーストリムを走る間、2つも別のビューポイントで脚をとめて、何度もずっと眺めていた。本当はそこで大声でグランドキャニオンに向かって叫びたかったのだけど、他にもたくさん観光客がいるので、中声ぐらいでしかできなかった。
 64号沿いに東へとグランドキャニオンを抜ける。はっきりいって、この道すがらのほうが景色は感動的だった。グランドキャニオンの末端と、広大な原野のミックスされたエリアで、もしかすると、その広大な風景の中を駆け抜ける快感に僕はもうはまっているのかもしれない。雨と風がまた強まり、Painted Desertに入るとところどこで砂嵐にも襲われる。地平線のむこうでは稲妻がときおり閃光を落としている。その中を必死でつっきりながら、宿もなく、この旅行で初めてガソリンが半分を切ったことで、気持ちが不安になっていく。89号を北に折れてすぐにCameronの町が現れてホッとする。といっても5,6件ほどのお店があるだけだ。それでもガスを満タンにして、少し元気がでる。もう19時をまわっていた。1軒だけあったモーテルで部屋を聞くと空いていたのだけど、インターネットサービスがないので躊躇する。ガスを満タンにして少し気が大きくなった僕は、次の町Tuba Cityまで行ってみることにする。そこには今朝とまっていたQuality INNがあることは分かっている。そこならワイアレス・ネットワークが無料で使える。仕事の関係で、どうしても今晩はメールをとらなければいけない。日没が迫り、暗くなった砂漠をさらに北に進む。小一時間ほどで、Tuba Cityに着き、Quality INNに入ると部屋は空いていて体中の緊張感が一気に抜ける。これで今日もなんとかなった。部屋に着くと疲れがどっと出てきた。「疲れたー」と声に出して言ってみる。
 それでもまだオチが待っていた。20時だと思った到着時間は、時差の関係でもう21時になっていた。この地域一帯は時差がややこしいと聞いていたが、本当によく分からない。ひとまず夕飯と何よりも一日の終わりのビールを買いに行こうと車で町をぶらついてみても、行く店行く店、アルコールが置いていない。結局宿に戻って聞いてみると、ここはナバホ自治区なのでアルコールはどこにも売っていないという。確かにこの町の住人はみな僕と同じモンゴリアンな感じだった。やれやれ、それならもっと早く言ってくれ。そうと分かっていればここには泊まらなかったのかもしれないのに(…なんて)。ビールの恨みはでかい。そして、ワイアレス・インターネットサービスは、この悪天候のために繋がらないかもしれない、という。たしかに繋がらない。明日の朝、快晴になることを願うのみだ。CNNではずっと中東危機についてやっている。
広告
  1. トラックバックはまだありません。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中