Yosemite > Route 395: 2nd day

 断続的に目が覚めながら5時過ぎには起床。やっと空が白み始める。ホテルの朝食は7時半からだが、そこまで待つのがもどかしく、6時半にソノラを発つ。120号に戻ってひたすら東に向かう。朝日を浴びながらの山岳コースは感動するほど気持ちが良い。どんどんと高度を上げながら1時間以上走ってやっとヨセミテ国立公園のゲートへ。大きなオークを中心にした針葉樹林の森はひたすらに深く高く、そのスケールに圧倒される。確かヨセミテは東京都と同じぐらいの面積の国立公園のはずだ。トンネルを抜けると太陽の遙か下にヨセミテ渓谷がバーンと開けて見渡せるビューポイントがあった。そこで、事件は起こった。
 ただ写真を撮ろうと思ったのだ。車を停め、エンジンをかけたまま、カメラをもって外に出てその雄大な渓谷の風景をデジカメに収め、車に戻ると、車のドアが全てロックされていた……。本当に頭が真っ白になった。4つのドアをガチャガチャとやっていると、折良く同じ場所に停まっていたいかにもアメリカンな青年が、「どうした? 鍵?」と声をかけてくれたので、「そうなんだ、ロックしちゃって」と助けを求める。僕は電話を手元にもっていないし、彼もレスキューの番号はわからない。しばし思案した末、彼が眼下の渓谷にあるビジターセンターに行ってパークレンジャーを呼んでくれる、ということになった。彼に託すしかない。
 彼が立ち去り、エンジンがかかったままのFORD Focusの外で僕はただ待つことしかできない。煙草を吸いたいがそれも車の中。今手元にあるのはカメラ、サングラス、財布、ガムだけだった。太陽がぐんぐんと高度を上げ、照りつける日差しが徐々に厳しくなる。ビジターセンターは8時からで、ここからは恐らく30分から1時間ぐらいではないか、と想像する。そうすると、早くても1時間、遅ければ2時間以上も来るまでかかるかもしれないな、と覚悟をする。でもだいたいレスキューがいるのかどうかも分からない。最近の車が、ドアをこじ開けられるのかも分からない。だいたいなんで鍵を閉じこめられたのかも分からない。走り始めるとすぐに鍵を自動でロックしたり、CDやラジオの音量を運転に合わせて自動で上下させたり(つまり走行音を相殺して耳に届く音量を一定にする)、最近の車ってみんなそうなのだろうか。1時間が経ち、2時間が経ってもそれらしい車は一向にやってこない。やはり車のレスキューなどないのかもしれない。あるいは彼はそのままどこかへ立ち去ったのかもしれない。今の僕には確実な予測がいっさい立てられない。もし公園の人間が誰も鍵を開けられないとしたら? そうしたら車のレスキューはどの街からやってくるのだろうか。それには僕が今来た以上の時間がかかるだろう。それはどうやって呼ぶ? 公園の事務所で連絡先を把握しているだろうか。他の観光客が「途中の道で困っている車があった」というだけで、そうしたサービスを手配してくれるだろうか……。考えれば考えるほど、いまこうして唯一の可能性を見知らぬ青年に託したままの状況の脆弱性が身に染みてくる。
 僕は意を決して近くから手頃な大きさの岩を持ち出し、思いっきり後部座席のガラス目がけて打ち下ろした。2度、3度。ガラスはびくともしない。最近の車は高機能なだけではなく、セキュリティもばっちりなのだ。やれやれ。再び落胆して腰を落とす。頭上へと上がってきた太陽の光がじりじりと肌を焦がす。このままだと脱水症状になってしまうかもしれないな、と思う。それに、もしこれで野宿をしろといっても、タンクトップにショートパンツでは明らかに無理だった。夜にはきっと10度以下まで気温が下がるだろうから。その時、あのアメリカ人青年が戻ってきた。「まだレンジャーは来ないか」と聞くので「来ない」と答えると、「おかしいなぁ、言っておいたのになぁ」という。その態度には何か曖昧さが漂う。「このままレンジャーを待つのと、車を置いてビジターセンターに行くのと、どちらがよいと思う?」と彼に聞いてみると、「それは君次第じゃないかな」という答え。「こいつ、ぜったいレンジャーなんて呼んでないな」と確信した僕は、適当に礼を言う。彼はそのまま公園出口へと走り去ってしまった。まったく、僕は2時間を無駄にしたことになる。
 眼下のビジターセンターまで、歩けば3時間はかかりそうなので、現実的な選択肢はヒッチハイクだった。幸い、車が停まっている場所はビューポイントなので時間が経つにつれてひっきりなしに車が停まった。僕は中年男性二人組の車に目星をつけて、丁寧に頼み込んだ。一人旅や女性を含むパーティの場合は、相手が警戒してOKしてくれないだろう、と踏んだのだ。狙いは的中して、仕事で来て週末を利用してここにやって来たチェコ人の二人組がビジターセンターまで乗せていってくれることになった。が、途中でBridalveil Fallの近くまで来たときに、そちらを歩いて観光したいのでといって降ろされてしまう。しょうがない、彼らも貴重な時間を使って人助けをしに来たのではなくて、観光をしに来ているのだ。再びヒッチハイク。生まれて初めて例の親指を突き上げたジェスチャーをしてみるが一向に停まってはくれない。昨日読んだケルアックの『路上』が頭に浮かぶ。彼はデンヴァーまでの道のりで、雨の中を3時間も手を挙げ続けても誰もとまってくれなかったのだ。それよりはよっぽどましじゃないか、と自分に言い聞かせる。ただし、やはりアジア人の男一人というのは分が悪いのかもしれない。作戦を変えて同じアジア人を探し、運良く中国人のひとり旅の車に乗せてもらうことに。彼は山峡ダムの近くの出身で、こちらの院生だという。日本人の学生も多いようで話がはずむ。こうして12時前になんとかビジターセンターにたどり着く。インフォメーションで聞くと、「ガレージセンター」があるのでそこに行けという。そして、そこで「鍵を閉じこめてしまって」というと、「56ドル50セントです」という単刀直入の返答が。助かったのだ……。
 いかにも労働者然としたつなぎを着たおじさんのピックアップトラックに乗って車へと戻る。気持ちが安心したのか、道中1時間ほど、周りの風景を楽しむ。観光の一番のハイライトYosemite Fallや、空まで届かんばかりの巨岩崖の数々、おじさんも陽気に解説しながら運転してくれ、当初思い描いていたビジターセンターからのバスツアーを一気に貸しきりで済ませてしまったようなものだった。滝の水量は、聞いていたほどには多くはないようだったけど、とても美しい絹のような水流を描いていた。
 果たして鍵はものの5分で開いた。おじさんにお礼を言い、車をUターンさせて120号のTiogaロードを東に向かい、ヨセミテ公園を一気に横断することにした。多くの観光客が訪れるビジターセンター方面は思いがけない形でもう満喫した。自然の中の一本道をただひたすらに車を飛ばす。途中で枯れた杉林の奇景やTenaya湖の美しさに足を止めながら2時間ほどでその山岳コースを抜け、山間の平地へと下ってMono湖に突き当たる。ついにシェラネバダ山脈を越えたのだ。モノ湖の景色がまた感動的なほど美しく、シェラネバダを越えて内陸部に入ってきた実感がわくような荒涼とした、それでも左右にそびえる山脈の景色を楽しみながら、そこからはインターステート395号をひたすら南に下っていく。南へ、南へ。このルート395は走りやすくて周りにはいつまでも自然しかなく、どこまで走っても飽きることがなかった。5時過ぎにLone Pineという街についてモーテルを探す。ここはデス・バレーの入り口になる街だ。面白いことにここではどのモーテルもオフィスにはインド系の女性が立っている。Partal Motel。79ドル+税。夜はMacのテイクアウトにする。朝がマフィン一個、昼がシナモンパン一個だけだったのでいささか食生活が不安になり、サラダを注文したらそれだけで一食分ぐらいの量だった。夜のニュースでしきりにレバノンと中東危機をやっている。レバノンの安武さんは無事だろうか。
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