『写真展に、行ってきました。』

 昨年末、師走の殺人的な忙しさの中、ふらっと社を抜け出して小林紀晴さんの個展「いま、ここは、どこでもなく」を見に行った。広尾のそのギャラリーは地下の無機質な空間にやさしい光が溢れるような、それは会社の喧噪とも年末の慌ただしさともかけ離れた、不思議な落ち着きと心地よさがあった。写真展では、なんというか対話というか物語性のようなものをついつい自分の中で作り上げていくものだが、その写真展は、「いま、ここは、どこでもなく」というタイトル通り、日本なのか、外国のどこかなのか、分からないまま、ただただ空と、光を受けた木々の美しさが際だっていた。それでも、見終わった最後に紀晴さんの言葉があり、そこでこの展示の冒頭に配された写真がニューヨークの海だと知った途端、全てがまた別のストーリーとして目の前に屹立した。その浅い浅い海の写真は、それだけで雄弁に全てを物語っていた。
 小林紀晴さんの新刊『写真展に、行ってきました。』は、紀晴さんがこれまでに行った写真展のいくつかが紹介されている…というのはタイトルからも分かる。でも以前、そのタイトルを聞いた時、果たしてどんな本なのか、つまり、ただ写真展の感想なんかが綴られていて、果たして企画として成立するのだろうか、などと訝ったものだった。その思いは、書店でこの本の装幀を見たときにさらに混乱することになる。だが、結局それは杞憂だった。本書は紀晴さんの素晴らしいエッセイ集であり、『写真学生』のその続きを彷彿とさせるような、清冽でほろ苦く等身大のライフヒストリーとなっていたからだ。エッセイのタイトルはもちろんそれぞれの写真展でありながら、そこで紡がれる言葉はそこで見た写真に費やされるのではなく、その写真展を契機にした心の微かな動きであったり、過去の実現され・されなかった生き様であったり、届かなかった想いであったりする。その人生が濃密に重なってくる。そして結局、それこそが、「写真を見る」ということ、写真展に行くということに他ならない、という意味で、本書は確かに、貴重な「写真展論」でもあった。やっぱり紀晴さんは文章の人だなぁ、と思う。
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