『深夜特急』あるいは旅の可能性

 旅の計画を考えることはなぜこれほど人を元気にさせるのだろうか。人生の節目においてはなおさらだ。『coyote』は僕の好きな雑誌のひとつだが、その第8号で沢木耕太郎の『深夜特急』を特集している。何を今更? でも確かに『深夜特急』はいまだに数多のトラベラーと紀行文の形に多大なる痕跡を残しているのではないだろうか。あるいは、もうそのような旅は成立しえないという意味で、時代のひとつの痕跡として。先頃、韓国で本書の翻訳が出版されたというのも示唆的だ。
『深夜特急』のような旅はもう成立しない。でもそれを試みたことは、ある。インドには2回行ったし、去年はユーラシアの最果ての地、ポルトガルのサグレス岬まで行った。『深夜特急』において、そこが旅を終わらせる重要な契機になった場所だ。小林紀晴さんの『遠い国』に誘われてマレーシアの何もない街バトパハに行ったこともあるし、村上龍さんの『イビサ』に出てくるスペインのイビサ島にあるクラブPACHAで踊ったこともある。でも、それは旅の契機でしかないし、ましてやそれぞれの旅を「なぞっている」ことにすらならない。どれもが、新しく作られた、自分自身の旅でしかないのだ。『深夜特急』のスタートの地、香港で知り合った娼婦が自分の部屋に入ってくる有名なシーン。村上龍さんはかつて、「彼女を抱かない(買わない)なんて理解できない」という趣旨のことを言ったと聞く。つまり、彼女に人間として真に向き合っていない、ということだろう。果たして僕はその時、その娘を買うだろうか。
 問題は、『深夜特急』が不可能となった時代の「放浪」を考えること。一つ思うのは、「日本を離れることの不可能性」だ。自分の旅程に先駆けてネットがすでにグローバルに張り巡らされている今、例えば日本に思いを馳せて手紙を書く必要は、情緒という点を抜きにすれば、もうない。旅は非日常であるはずだけれども、そこに日常が否応なく浸食してくる現実。「非日常の不可能性」こそが、現代の放浪なのだ。だとしたら、紀行文は「出張報告」からどれだけ離れられるだろうか。「非日常の不可能性」を考えない紀行文は今やファンタジーだし、「出張報告」は限りなくネットで蕩尽されるだけだ。そもそも、日常/非日常という対比が無効であるような旅をいったいどう旅すればよいのだろう。それがしばらくは僕の課題。
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