『オール・トゥモロウズ・パーティーズ』

 清野栄一さんの新作小説を「謹呈」でいただく。『オール・トゥモロウズ・パーティーズ』は歴史的名盤The Velvet Underground & Nicoでニコがヴォーカルをとっている一曲のタイトル。この惨めな女の子に明日のパーティのための服を用意しなきゃ、というような曲で、つまりはそういった日常を生きる中でパーティに向けて(そしてパーティの終わりに)疾走していった若者たちの話。主人公の一人ジェイのモノローグと、そのジェイの遺体を目指して真夜中に集ったトウキョウの仲間たちの話が入れ子構造になりながら繋がっていく。
 ジェイの物語は情景的で観念的で歴史的で、アメリカ南部の「歴史の止まったかのような」田舎と、ヒッピーのコミューンと、チェルノブイリの影が多感で無口で共感覚を持つ青年の半生と重ねられサーガのごとく重みを持って作品中をリフレインしていく。一方でドラッグとパーティの日々を抜け出し、とりあえずの場所や生活や人生を見つけた者と、未だに「どこかに行こう」とする者たちに微妙に乖離しつつある「仲間」たちの話は、奇妙な平凡さと物語性の欠如において、僕たちの日常を絶妙に切り取っているように思う。パーティやドラッグがすでにそのシニフィエを失い、ティモシー・リアリーやコミューンやレイヴが無効となった現代において、ひとつのサーガを引っ張り出してしかこの物語を語り得ないのだ、という清野さんの一つの回答を得た気がした。
 ちなみに、『ブラウン・バニー』でヴィンセント・ギャロと邂逅した清野さんの、その影響が垣間見られるジェイの書かれ方だったと思う。『バッファロー’66』のテイストも生きていたと思う。章タイトルにある「ルート66」が、清野さん自身のヴィンセント・ギャロへのリスペクトを示しているようにも取れた。以前清野さんに「清野さんは日本のヴィンセント・ギャロ」になれると言った覚えがあるが、そのひとつの結実点としてこの作品はあるのではないだろうか。
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