『エシュロンと情報戦争』は時代遅れか

 新しい翻訳書の企画絡みで、『エシュロンと情報戦争』(文春新書/鍛冶俊樹)を読む。著者は自衛隊あがりの軍事ジャーナリストで、想像以上に内容が面白い。まるでゲーム「信長の野望」をやっているような、天下の大計からアメリカの世界戦略を垣間見ることができる。諜報機関、情報戦争という馴染みのない側面からこの戦後の覇権国家政策を見ることの魅力を再認識できた。これは翻訳書の新企画もいけそうだ。
 エシュロンとは米英をはじめとするアングロサクソン系の国家が中心となって世界中に張り巡らした通信傍受ネットワークである。主にアメリカのNSA(国家安全保障局)が中心となっており、戦後、主に冷戦期の諜報活動に主眼をおいてスタートした。対東側諸国への通信傍受というその任務は分かりやすいが、冷戦崩壊後、経済安全保障に主眼を置いた活動へとシフトするにつれ、その特異な存在が改めて国際社会に認識されるに至った。
 その最たる例として、本書では97年のアジア通貨危機を挙げている。つまり、有名なジョージ・ソロスとヘッジファンドの裏に、アメリカがいたのではないか、ということだ。90年代のASEAN諸国の台頭は目覚ましかった。さらに、マレーシアのマハティール首相をはじめ、その勢いを背景に、例えばロシアからも軍用機を購入するなどアメリカとは一線を画した外交を繰り広げ始めた。アメリカの覇権を脅かすそうした動きを牽制し、自国の支配下に組み入れるために、アジア通貨危機は「引き起こされた」のではないかというその論旨は非常にスリリングで説得力がある。その中でねらい打ちにされたインドネシアが、IMF体制に組み入れられて結局また「植民地」に逆戻りしてしまうなど、その後のアジア諸国家の運命は、もし危機がなかったら、と考えるとやるせないものがある。
 その他にも、イギリス中央銀行に勝負を仕掛けたソロスの陰にアメリカを見たり、あるいは日本の80円台の円高、フランス・フランの通貨危機にも、アメリカの陰が見えるという。つまり、エシュロンを使って事前に他国の内情や政策を傍受し、それを使って一種の経済戦争をしかけているのではないか、ということだ。
 その他にも興味深いのは、アメリカが軍事安全保障と同時に経済安全保障、環境安全保障、人間の安全保障という分野でも、このエシュロンを利用しているということだ。その中で、ローマ法王やマザー・テレサ、ジョン・レノン、ダイアナ妃なども盗聴リストに載っていたし、京都議定書やイスラエル・パレスチナ問題でも使われているという。
 クリントン時代、グローバリゼーションの流れに沿って経済安全保障にフィットさせたエシュロンは、ブッシュ時代、再び安全保障上の重要性を増したと言っていい。そこには、通信衛星の傍受を主眼におくこのエシュロンの限界も垣間見える。日本では2000年8月15日に通信傍受法が可決された。また「住基ネット」や「個人情報保護法」など、監視社会化が懸念されている。先進諸国、例えばサミット参加国から比べると大幅に遅れているこれらの国家的情報戦略の整備は、一方で個人のプライバシーの問題を孕んだままで突っ走っている感がある。「自由」と「安全」の狭間は、東浩紀の『自由を考える』などを待つまでもなく、今日的な問題として目が離せない。
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