Malaysia-1st day ~Batu Pahat

 人はなぜ旅をするのだろうか?
 おそらく、今までに何度も、それこそ腐るほど、人類の歴史のはじめから、旅人たちが問うてきたありきたりな問いに違いない。そのありきたりな問いを、夕闇がまだ彼方に残る夜空に向かって離陸したノースウェスト・シンガポール行きの中で僕は考えている。一人で旅に出ると必ずやってくるこの郷愁。離陸直後から、いや、正確に言えば、この旅行を計画しているときから、常にすでに一人旅の後悔はつきまとうものだ。「二人でくればよかった」「家でゴロゴロ、友達とワイワイ、日本にいればたのしめたのに」。それでも、なぜ僕は旅をするのだろう? そう、この問いは、とっても凡庸で、とっても普遍的なのだ。僕は、Jとの暮らしがすでに恋しくなっている。
 旅行を計画したころからダラダラと読んできた金子光晴の『ねむれ巴里』を機内で読了する。本当はこのあとに『西ひがし』があり、さらに『マレー蘭印紀行』と続くのだが、『マレー蘭印紀行』はすでに読了していた。もちろんそれでも鞄に忍ばせてある。シンガポール経由でマレーシアへの旅を計画したきっかけは、この『マレー蘭印紀行』にある。詩的で叙情的な文章の断片が紡がれていく本書は、詩人金子光晴の紀行文の白眉だが、機内で読了した『ねむれ巴里』は、別の意味で、異国に身をおくエトランジェの視線と生き様を余すところなく書き尽くした、間違いなく最高の異国滞在記だろう。期せずして、「人はなぜ旅をするのか」という問いの答えは、この『ねむれ巴里』の中に凝縮されていた、と言っていい。日本を逃げるように出てから3年、パリでの困窮生活もついに極まり、初めて、妻を残しての自殺を考えたリオンのホテルのベッドでの一節が心に刺さった。
<そのときも僕は、僕のねているベッドの下で地球がうごいているのを感じた。胸がいっぱいになったが、のどまでつまっているその感情は、悲哀ではなくて羽目を外して、世界中びっくりするような大笑いの発作の前のような気持ちであった。それから僕はすこしばかりではあるが、これから着々とすすめてゆこうと思っている計画に、それを決行する勇気が加わってきた。>(「リオンの宿」『ねむれ巴里』)
 追いつめられた果てに、胸がいっぱいになるほどの感情をため込んだ先に、新しく行動を起こす勇気が少しだけわいてくる、それは、一人旅の感情に、すごく似ているように僕は思えた。もちろん自殺をしようなんて考えていないし、毎日自殺しているようなものだとも言える。現代人なんて、多かれ少なかれそんなものではないだろうか。だから、計画は着々と進めていかねくてはいけないのだ。僕は胸が少し軽くなる思いがして、シートに身を横たえる。
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 今回の目的地は、バトパハというマレーシアの田舎町だ。日付が変わってシンガポール・チャンギ空港に降り立つと、予約してあった市内のホテルに滑り込み、翌朝、近くのラッフルズホテルを歩いて眺めた足でそのままバスでマレーシアに向かう。小一時間でマレーシアとの国境、コーズウェイに着き、橋の手前で一度バスを降りて出国手続きをし、再びバスに乗って橋を渡ると、終点のマレーシア側イミグレーションとなっている。そこを抜けると、国境の町ジョホールバルだ。シンガポールの清潔な町並みに比べ、明らかに猥雑なアジアの街がそこにある。汚れた町並み、屋台の熱気。ダフ屋のようなタクシーの勧誘、町全体から立ち上る、汗と土埃と排気ガスと、人々の食欲や野望や狡猾さや恭順さや諦めや生きることへのどん欲なまでの執念が混ぜかえされた臭気に、圧倒されながら、心地よい疎外感を感じる。結局、僕もその中の一人に過ぎない。
 イミグレにあると書かれていたツーリストカウンターは見つからず、地図もガイドもない状態でマレーシア入りをする。タクシーを拾って数キロ先にある長距離バスの発着場Larkinに行き、そこでバトパハ行きのチケットを買うと、あと十分ほどでちょうど出発するところだった。バスの中は8割方席が埋まり、見たところ観光客と呼べそうな人は僕一人だった。ジョホールバルから2時間あまり、車窓には延々と椰子林が続く。こんな寂しく、猛々しい原生林の中を、金子光晴はどんな気持ちで旅したのだろうか。椰子の木は珍しくないが、まるで杉林のように山一面に巨大な椰子が整列して繁茂している姿に度肝を抜かれて写真を撮ったり、『マレー蘭印紀行』を開いたりしながら、だんだんとそれにも飽きて一眠りしたころにバトパハに着く。大きな近代的ショッピングモールが町はずれにあり、あとは背の高いビルは数えるほどしかない、平たくこじんまりとした町が見えた。青く突き抜けた南国の空の下で、バトパハは平坦でありきたりな、どこにでもあるアジアの街だ。時計を見ると15時になろうとしている。
 町のバスターミナルで降りると、まずはジョホールバル行きのバスの運行時間を確認する。ここからはまったく無計画なので、今日この町を出るのか、明日出るのか、あさって出るのか、どの可能性も捨てきれないからだ。幸い夜20時ごろまで、30分おきに出ていることが分かって安心する。選択肢が多いにこしたことはない。それから、目的地のなかの目的地、『マレー蘭印紀行』に出てくる、金子光晴が投宿したという旧日本人会館の建物を探すべく、適当な方向にまずは歩き出す。
 所々にポツンと立つ背の高いビルを目印に、適当に街の中心を探して歩き始めると、思ったよりも町が小さいことに気が付く。かなり先にあると思えたビルが、歩くとすぐ目前に迫ってくる。平坦な町の中でのいくつかのビルは、微妙に距離感を狂わされる。それでも、Macの入った旅行鞄が次第に肩に食い込みはじめ、どこを歩いても中心らしき場所に出会う前にお店がなくなっていき引き返すことを何度か繰り返すうちに、昼飯を食べていないことに気づき、適当なオープンエアのお店(屋台に毛の生えたようなもの)に入る。他にメニューを知らないのでチキンライスを頼むと、ご飯とローストされたチキンが5切れほど出てくる。このご飯がとてもおいしい。チキンのエキスと香辛料が適度に効いていて、このご飯だけで3杯は食べられそうなおいしさだ。当然のようにビールを頼むと「ない」の返事。イスラム圏に来たことを実感する。食べ終わって日本人会館の所在を聞くと、英語が通じない。失敗した。再び歩き出す。
 が、数分でやはり肩が重くなり、タクシーを探す。「日本人の建物で、でも洋館風で、80年前とか100年まえに建ったもの」と言っても「分からない、そんなところはない」の返事。建物の名前は? 写真は? アドレスは? と聞かれ、それらをまったく自分が知らないことに今更ながら愕然とする。バトパハまで来てしまえば、簡単にたどり着けるとなぜか考えていた自分の想像に思わず笑ってしまった。
 旅をしていていつも感じることの一つに、地図と実際の町は違う、という、当たり前だが、必ずつきまとう感覚がある。事前に地図を見ていると、それがその町のすべてだと、どうしても錯覚してしまうのだ。そして現地に着いて初めて実感する。その地図の外にも町は広がっているし、その地図に書かれていない場所にも、建物は建っているし、人は住んでいる、という当たり前のことを。ガイドブックで紹介してあることを、その町の誰もが知っているわけではないし、旅行者以外にそもそも興味を持たれない場所もたくさんある、ということを。その地図さえ持っていないバトパハのことを、僕はいつの間にか頭の中で、あたかもその旧日本人会館だけで成立している街、ぐらいに捉えていたのだろう。
 金子光晴のパトパハの描写を思い出し、「河の近く」とタクシーの運転手に言うと、河はすぐ近くだった。見上げると、おそらくこの町で一番大きいだろうホテルの古ぼけて安っぽいビルがすぐ近くに建っている。僕は本腰を入れて探すべく、まずはそのホテルにチェックインして、荷物を置くことにする。フロントの壮年の男に再び同じ質問を繰り返すと、やはりそんな場所は知らないとのこと。「ここらへんは、ごらんの通り小さな街で、そんな古い建物はありませんよ、サー」と言われ、ここが昔は漁師の家が数軒集まった寒村であったのが、20世紀のはじめ、ゴム園の開発とともに日本人が入り始め、街として栄えていった歴史があるのだ、という言葉をぐっと飲み込み、曖昧に頷いて困っていると、他のマレーシア人が加わって、それなら川沿いにあるやつじゃないか、と言い出した。一縷の望みを託してその場所の方角を聞くと、僕はホテルを出て身軽な姿で再び歩き出す。
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 バトパハ河を右手に見ながら、川を下って歩いていくと、既視感を伴う3階建ての洋館が目の前に現れた。白い壁に涼しげな青い屋根。歳月の重みを醸しだす古い建物。抜けた空。対面に植わった木々。間違いなく、旧日本人会館だった。そう、ついに目的地に着いたのだ。目の前には船の積荷場がある。考えてみれば、昔は小さかった街なのだから、旧市街と呼べるものは、川沿いにあってしかるべきだ。積荷場があって、目の前に日本人会館がある。やはり、それだけでこの街は成立してしまうではないか、とまた偏狭な考えが頭をよぎる。
 かつて金子光晴が投宿したその建物も、今では普通の商店がいくつも入っている、どこにでもあるアジアの商店となっている。乾物屋、雑貨店、バイクなどの修理工、カウンターだけの「云々公司」と書かれた華僑のオフィス。首からカメラを提げた、おそらくこの街では珍しいであろうツーリストを、皆がジロジロと眺めてくる。臆せずに建物の周りを行ったり来たり、少し離れて全容をカメラに納める。
 今回の旅の本当の目的は、この旧日本人会館にあるというビリヤード場で、玉撞きに明け暮れることだった。『マレー蘭印紀行』にも、二階がシナ人の経営する撞玉場になっている、という記述があり、作家の小林紀晴さんの『遠い国』にも、階段を上がると撞玉場があった、という記述があった。その後紀晴さんにもその話を直接聞いて、どうしても行ってみたくなったのだ。
 しかし、何度行きつ戻りつしても、それらしき看板は出ていなかった。何をするでもなく道ばたに佇んでいる30過ぎの男に、試しにこの上にビリヤード場はあるかと聞いてみると、首を横に振ってそんなものはない、というそぶりをする。確かにひとつだけ、上に通じる階段があるが、看板にそれらしき記述はない。再び行ったり来たり、今度は乾物屋の親父に同じように聞いてみる。キューを振る仕草をしながらビリヤード場は? と上をさすと、それなら2ブロック先にある、との答え。確かに、さっきここに来る途中に、スヌーカー屋の看板が掛かっている前を通った。そこのことだろう。ということは、この親父は「よく分かっている」。その上で、ここにはない、と言っているのだ。突然、異国のうらびれて猥雑な田舎町の汚いゴミための路上の上に立っている自分が、ひどく遠くに来てしまったのだ、という感覚が襲ってくる。目の前を遮るものなく真っ直ぐに続く土埃がたつ道の先、遠く向こうに原生林となだらかな山が続くあたりに浮かぶ陽炎のように、目の前がクラクラとしてくる。意を決して、二階へと続く階段を上る。暗く狭い階段は途中で右へと折れ、残り10段をほどを上り切ると、そこにはガランと広いオフィスに、何をするでもない男たちが数人、机やソファに座っているのが見える。さらに上、三階へと続く階段は閉鎖されていた。僕は力なく、足下が見えない階段を一つ一つ踏み外さないように下りていく。地上に降りると、変わらず街の喧噪と埃と排気ガスが舞っている。目の前で子供たちが追いかけっこをしながら、珍しそうに僕を眺めている。やれやれ。そう、僕はバトパハにいる。
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 バトパハ河は、縦に長いマレー半島のちょうど真ん中あたりから、バトパハを通って西海岸へと流れ着く。川幅は五〇メートルほどだろうか。流れは思ったよりも速く、水は光を一切通すことのない茶色ですべてのものを飲み込んで二度を浮かび上がらせることがない。太古からここは、ジャングルであり、その過剰な生命と自然の排泄物をすべて取り込み、混ぜ返し、一緒くたにしてこの河は流れてきた。それはちょうどマレーシアという国そのものだ。有史以来、華人が移り住み、同化しながら、全体では八〇パーセント以上がムスリム。インド系、マレー系、華人系と肌の色が異なる人々が、同じ宗教のもとに集まった国家。アルファベット表記のマレー語と中国語が入り交じり、ヒンズー語の看板も珍しくない町並み。ニョニャ料理と呼ばれる文化混淆料理。すべてを飲み込み、一つに混ぜ返し、決して光を通すことのない土色に変えていくマレーの地。それは、目的を失って佇む僕のことも、容易に捉えて離さない。
 川沿いのカフェに座り、僕はバトパハ河と、対岸に広がる原生林を見つめている。林の先には青い空が広がり、すぐ傍らの下流では、荷を下ろした木造の古い船のそれぞれで、男たちがしきりにメンテナンスをしている。裸の上半身からは汗が照り返し、船上で鍛えられた逞しい肉体が躍動している。それはこの川が貫く原生林に住む一つの進化した生物のようで、僕の目にまぶしい。
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 夕方から雲が立ちこめ風も出てきたので、夕立の気配を感じて僕はさきほどのスヌーカー屋に駆け込む。扉を開けると、そこには十台ほどのスヌーカー台。その半分ほどが埋まっている。しばらく入り口に佇み、店の雰囲気を伺う。カウンターの青年とその周りの客たちも、この突然の闖入者が何の目的で来たのかを遠巻きに伺っている。やおら、一人の中年男性が傍らから寄ってきて、どうしたんだと聞いてくる。店の片側に飲食スペースを見つけ、「あそこに座っていいか」と聞き返す。スヌーカーは専門外だ。まずはお店の客の腕のほどを見極めなければいけない。それに、おどおどしては無視されるのがオチだ。友好的に、決してひるまず堂々と、まずは様子見を決め込むことにする。
 その男性はトニーという友好的なオヤジで、二昔前の歌謡曲のバックバンドでベースを弾いていそうな憎めない、一癖ありそうな男だった。もうひとり、見るからに華人系の青年が隣に座ってくる。トニーはマレーシアのスヌーカーのチャンピオンなんだ、とその青年は紹介するが、その後、ギター弾きでもあると言っていたので、ただの冗談なのかもしれない。青年はここの常連らしく、まわりには友人らしき若者たちが嬌声を挙げながらスヌーカーに没頭している。日本から来たこと、マレーシアは初めてなこと、昨日シンガポールについて、明日にはこの町を出る予定だということなどを、問われるがままに答えていると、「パスポートを見せてくれないか? インターナショナルなパスポートを見たことがないんだ」と言う。見ず知らずの人に自分のパスポートを渡して見せることが、一般的にツーリストの中では非常にはばかられることなのだ、という常識は、どうやら彼にはないらしい。僕は少し用心しながらパスポートを渡す。年齢を見て「32か!」と驚く。27,8に見えるらしい。彼の年齢を聞くと26とのこと。頭が少し禿げ上がっているわりには若い。各国のイミグレのスタンプを見て、さまざまな国のものにいちいち感嘆の声を上げる。「中東には行ったことがあるか?」と聞くので「ない」と答えると、「エジプトはどうだ? あそこにはピラミッドというのがある。僕もお金ができたらぜひ行ってみたいんだ」と言う。どうやら悪いやつではなさそうだ。
 彼の名前は失念してしまったが、日本の女性はとても美しいと何度も言った。僕がアジアの他の国々の子も変わらないよと言うと、そんなことはない、目は大きいし、おしゃれだ。君が羨ましいと言う。おそらくメディアのイメージなのだろう。なぜ僕らは、外国のことをどうしても一面的に捉えてしまうのだろう。だが、同胞女性の名誉もあるし、いちいち否定するのも面倒くさいので、適当に「ありがとう」と答えておく。彼が「制服姿がかわいい」と言い出す。渋谷センター街の、しかも少し遅れた情報がこのバトパハにも流布しているのだろうか。そういえば、浜崎あゆみの歌が街角で流れていた。僕は制服にはまったく興味がないので「そう?」と相づちを打っていると、買って送ってくれないか、と頼んでくる。いくらぐらいするのか、と聞かれて、適当に五万円ぐらいのマレーシア・ルンギーの金額を言うと、高すぎる! と驚いている。マレーシアの物価は非常に安い。日本の半分以下だ。ここでは制服はどうやら一万円もしないらしい。それでも、お金を貯めて、メールを入れるので、送ってくれないかと重ねて言ってくるので、僕は恐る恐る確認する。「それは男用のこと? 女用のこと?」「もちろん女用だ」。その女用の高校の制服をいったいどうするつもりなのか、僕は怖くて聞くことができなかった。
 結局、しばらく地元の客同士のベット・マッチをビールを飲みながら眺めていた。飲食コーナーのテレビでは、「世紀大地震」というテロップで、昨日起きたスマトラ島沖地震の津波の被害を延々と流し、キューを持ったままの客も入れ替わりその画面に見やっていた。結局二時間ほどビールを飲んで眺めただけでその店を出る。ホテルに戻り、「グッドなマレーシア料理屋は近くにある?」とフロントで聞くと、ホテルの前の集合屋台街を差しながら「あそこならおいしいし様々なメニューがあります、サー」との答え。さっき「流石にあんな地元臭むんむんの薄暗いローカル屋台はきついかな」と敬遠して前を通ったところだ。試しに「他には?」と尋ねると、同僚のフロントマンと何やらぶつぶつ相談したあげく、「他にはあまりありません、サー」との答え。なるほど。僕も薄々そうじゃないかと思っていた。「ビリヤード場はある?」と聞くと、街のはずれの近代的なショッピングセンターの中にあるという。そこにはファーストフードのお店も入っているのでお薦めです、と言われて、ため息をつきながらも、その二十分の道のりを歩いて行ってみることにする。
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 日が落ちると、このバトパハの街は本当に暗くなる。所々にポツリポツリと屋台や商店が明かりをつけているが、少し歩くと周りはすっかりと暗く寂しい町並みになる。金子光晴が、暗闇の中を娼婦街を冷やかして歩いた、というくだりが頭に浮かぶ。歩道はコンクリートがところどころ途切れ、起伏し、車道に出なければ真っ直ぐには歩いていけない。街頭がないから車と行き交う時には注意しなければ向こうは視認できないだろう。道のところどころに下水道の鉄枠があり、下から汚水と生活のすべての垢を流し込む臭気が漂ってくる。鉄枠がなく大きく口を開けたままのところが平気で所々にあり、気をつけて歩かないとその汚水に落っこちてしまいそうだ。きっと落ちたら二度と上がっては来られないだろう。昼間は見かけることのなかった野良犬や野良猫が、店の脇に無造作にだされたゴミを漁っている。ショッピングセンターは、おそらくこの町の最先端の品揃えらしく、八時を回っても客が途絶えない。見つけた撞球場はやはりスヌーカー屋で、先ほどの店よりも寂れており、カウンター前の一台にだけ、五,六人ほどの若者が台の上に紙幣を置いて賭け玉に興じていた。僕はミーと呼ばれる麺類をそこのファーストフードショップで食べ、熱いコーヒーにたっぷりのミルクと砂糖と氷を入れた「アイスコーヒー」を顔をしかめながら飲んで、ホテルに戻る。スチームバスとマッサージのヘルス・センターに感謝しながら、バトパハの夜は終わる。
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